4,とけあう現在
「今日は遅くなる、夕飯はいい」
「う、うん、分かった……」
華恋は浮気には気が付いていない。あるいは、気が付かないフリをしている。そのどちらかであった。彼女にとって離婚はもっとも回避すべき事案なのかもしれないが、得てして、誰かが大切にするものを、他人は奪おうとするものである。
「あのね、昨夜の話なん――」
彼女が言い終える前に、テーブルに置いたスマートフォンが震えた。
「え……」
華恋の頓狂な声が漏れ聞こえる。
「なに、これ」
「どうかしたのか?」
「メールで、こんな写真が……これ、なおくんだよね?」
ラブホテルから出てくる男女の写真。
「あ? なんだよ、え? なんだよこれ、誰から送られてきた」
「知らない、知らないメール、え? それ、なおくんなの? 違うよね? 似てるだけだよね? なおくん?」
華恋の声が震える。私はやはり罪悪感に苛まれ、こうなることが分かっていたのに行動してしまう自分の愚かさと、実践力に辟易とする。
「俺だよ、どう見たって俺だろ。お前さ、なんなの? なにこれ、探偵でも雇ったのかよ。きたねえ女だな。こそこそと嗅ぎまわりやがってよ、あ? 俺だよ、浮気したんだよ! わりーのかよ。てめーだって散々男遊びしてきただろーが、このヤリマンがよお、テメーにだけは言われたくねえんだよ、ふざっけんなよ!」
「そんな、昔のこと言われても……」
「昔だろうが今だろうが関係ねえよ、こんの恥さらしが、お前と結婚したなんて同級生に言ったら兄弟だらけって笑いものなんだよ、この淫乱女が! もういらねえよ、ったく、朝から気分がわりい。言っとくけどな、俺は離婚したって構わねえんだからな、勝手に弁護士でもなんでも雇えや」
「ちょ、なおくん! 私は離婚なんて――」
勢いよく扉が閉まる音が聞こえた後に静寂が訪れて、次にはしくしくと華恋のすすり泣く声が響いてくる。それは私の傷みであり、私たちの傷みでもあった。しかし、大きな傷を負い、それが完治した時にこそ、以前よりも強い絆と愛が二人を歓迎するに違いない。彼女にはそれくらいの荒療治が必要だと判断し、その病を治せるのは私しかいないのだと確信していた。
華恋のスマートフォンには遠隔操作アプリがインストールしてある。もちろん彼女には内緒だ。このアプリの秀逸なところは、位置情報の確認だけでなく、撮影、録音、ブラウザの閲覧履歴の確認、SNSの履歴確認、通話履歴の確認、アドレス帳の確認、スクリーンショット撮影、ホーム画面でのアイコンを非表示化できるなど、インストールさえしてしまえば、彼女の行動が筒抜けになるところだ。華恋は肌身離さずスマホを持ち歩いているから、その行動はほとんど全て私が把握することになる。
もっとも、彼女は浮気などしていないし、その影もない。