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3,動き出した過去

 中学生になった華恋はますます美しくなり、女性らしい丸みを帯びた肉体は、私に性的な興奮を享受した。それは決して下劣な想像や誇大妄想ではなく、いずれ訪れる未来への予知、期待と言ってもいいだろう。


 残念ながら彼女とは別々のクラスとなってしまったが、私が華恋を察知するレーダーは、もはや精密な探知機と言っても過言ではないほどの精度を誇り、微かな残り香でさえ見逃さない嗅覚は、訓練された警察犬をも凌駕する自信があった。


 風向きが変わったのは私たちが中学三年生になり、夏休みを終えて久しぶりの再会を果たした時である。華恋は艶やかな黒髪を、薄汚い茶色に脱色していて、それは透明感のある彼女の顔にまったくマッチしておらず、あるいは、カツラでも被っていると思わせるほどの違和感を私に与えた。

 

「華恋、いいじゃんそれー」 

「生活指導の国崎に呼び出されちゃった」 

「あたりまえじゃーん」 


 下品な声の中に混じる天使の囀りが、私の心をかき乱した。

 当時、華恋には三つ年上の彼氏がいて、おそらくはその影響なのだろう。まだ幼い年齢であるが故の過ちは誰にでもあるが、それは選ばれし人間である華恋さえも飲みこんでいったのだ。


 しかし、その程度の試練で彼女に愛想をつかすほど、私の懐は浅くなかった。できれば、己の力で彼女を更生させ、正しき方向へと導くのがベストであったが、その頃の私にはまだ、それだけの力も、勇気も、行動力も備わっていなかった。


 私に出来ることは、彼女を想い、想い続け、妄想の世界で結ばれた先にある性行為をリアルに投影し、ひたすら自慰行為に及ぶことだけである。一見すれば不埒な行いと糾弾されそうだが、これは神聖な行為であり、むしろ、華恋以外の女性を思い描いてするほうが、はるかに恥ずべき愚行なのである。

 

 私は時折、インスタントカメラを用いて華恋を隠し撮りしていたが、その精度は低く、満足のいくものではなかった。どうにかして、もっと精密な華恋の写真を入手したいと考えていた時だった。そんな僅かな油断が招いた失態だったのかもしれない。彼女を尾行しているところを同級生、しかも、いわゆる不良グループの男に見つかってしまったのである。


「玉木じゃん、なにしてんだよ?」


 不良は直ぐに察した、彼らは知能指数が低い代わりに、他人の弱みをいち早く発見するという狡猾な特殊能力を備えていて、私の前方を歩く華恋と、握りしめたインスタントカメラだけで、全てを理解したのである。


「なんだよ、華恋のことが好きなのか? 写真くらい俺が撮ってきてやるよ。いくらで買う?」 


 押し黙っていると、不良が私からカメラを取り上げた。


「一週間まってろ」 


 下卑た笑みを浮かべて私を睨みつけると、不良は道端に唾を吐きながら去っていった。その時の心情を正直に吐露するのであれば、少し、いや、かなり彼の仕事を期待していた。願うならば正面のアップ、いや、全身の方が。制服、あるいは私服の方がいいかもしれない。そんな妄想を膨らませているうちに、あっという間に一週間は過ぎていった。 


「ほらよ」


 私は生まれて初めて校舎の裏へと呼び出された。

 そこで渡された一枚の写真には、確かに華恋が写っている。校則よりもかなり短くなったスカートからは白い足が伸びていて、その眩しさに失神しそうになってしまう。


 彼女はカメラ目線でピースサインをしていた。黒に戻った髪は若干、艶を失っていたが、それを補って余りある美しさが写真からも伝わってくる。


「それは千円」

 不良は言った。


「これは二千円な」


 彼は二枚目の写真を手渡してきた。そこに写る華恋は黒髪をポニーテールにして、やはりカメラ目線でピースをしている。しかし、その彼女は私服だった。チェックのミニスカートに、肩が露出した卑猥な服を着ていて、先ほどの制服写真よりも圧倒的に肌色が多い。


 私は恥ずかしながら生唾を飲んだ。その音が聞こえないように財布を取り出し、不良に三千円を握らせた。この日のために、お年玉を用意しておいたのは正解だった。


「まいどあり、だが、まだまだあるぞ」


 彼は上客と判断したのだろう、持っていた全ての写真を私に手渡してきた。それは私を驚愕させ、あるいは失望させた。水着の写真、下着が見えている写真、さらには殆ど何も着衣していない写真もあった。


 一体、どういった経緯でこの撮影に彼女が応じてくれたのかは、予想のしようもないが、とにかく私はそれらを食い入るように、夢中になって見つめていた。


「全部で十万円なんだけどさ、初回割引で五万でいいよ、父ちゃんが借金まみれでな、こうやって俺が稼がないと――」


 私は持っていた全財産、七万五千円を不良のポケットに捻じ込むと、写真を抱えたまま校舎裏から逃げるように駆け出した。


「しこりすぎんなよー」

 

 後方から聞こえる笑い声を振り切るように私は走った。

 全力で、もしかしたら無呼吸だったかもしれない。玄関をこじ開けて入室し、私はそのまま三階の自部屋にこもった。そして、涙を流しながら自慰行為をした。

 

 もういない、私の愛した天使はもういない。


 それだけが確定したような気がして、私はただ己の未来を憂えていた。しかし、私は華恋を救うために動き出した。私にできることはなんでもやった。その結果として失ったものは、さほど価値のあるものではなかったと思う。

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