1,初恋だった過去
彼女の肌はまるで陶器のように白く、美しかった。
その透明感、清涼感は見る者の心を捉えて離さない。窓から降り注ぐ、朝の柔らかな陽光が彼女の頬に触れると、その肌は内側から淡く輝き出し、まるで内包された秘密の光が外へと漏れ出しているかのようだった。
そして、頬に浮かぶわずかなバラ色は、彼女の健康と若さを物語り、その繊細な血管がほんのりと透けて見えることで、生命の鼓動を私に感じさせた。
「はじめまして、及川華恋です。北海道の室蘭から来ました。えっと、スポーツが得意で、前の学校では木登りとかしてました。東京は初めてで、何もわからないけど、仲良くしてください。よろしくお願いします」
教壇の上で深々と挨拶をすると、顎のラインで切り揃えた華恋の黒髪がしとやかに揺れた。そして、顔を上げると真っ直ぐに私と目が合い(それは教室の真ん中に席を有していたのだから、あるいは必然であったのかもしれないが)確かに彼女は私の目を見つめてから、ニッコリと微笑んだのである。
彼女の顔立ちは、まるで古典美術の一部のように完璧であり、優雅な曲線が続く輪郭は、彫刻家が長年の研鑽を経て生み出した芸術作品のようであった。高く整った小さな鼻が見る者に清らかな印象を与え、その下にある唇は淡いピンク色で、まるで春先の桃の花びらのように柔らかで、瑞々しく濡れていた。
「よーし、みんな仲良くするんだぞー。じゃあ、及川、玉木の隣に座ってくれ」
転校生が来ることは事前に知らされていた。小学校五年の二学期という中途半端な時期にやってきた華恋は、一学期の終わりに転向していった私の隣人と、まるで入れ替わるようにそこへと収まった。
「玉木くん、よろしくね」
そう言うと彼女はまた、今度は少し遠慮がちに微笑んだ。
「華恋ちゃん可愛いー!」
「ねえねえ、室蘭ってどの辺? 寒いの?」
「珍しい色のランドセルだね。いいなあ」
休み時間になると、華恋の周りには人垣ができた。
邪魔だ邪魔だと言わんばかりに、グイグイと女たちが私を押し退けてくる。自分の席なのだから遠慮するのも憚られたが、数の圧倒的な力により私は自席を追いやられた。
私はトイレの中で立腹しながらも、初めて経験する胸の高鳴りを止めることができずにいた。彼女の笑顔、私だけに向けられた微笑み。それは甘く、爽やかな風のように脳内でリフレインした。
彼女の存在は、現実世界に現れた一瞬の幻影のようであり、同時にその儚さが一層彼女の美しさを際立たせていた。彼女の肌に触れた光と影は、まるで詩の一行一行のように、見る者の心に深く刻まれ、決して忘れられない美しい記憶として今も刻まれている。
「玉木くん、ごめんね」
始業のチャイムが鳴り、華恋の周りから人垣が散ったのを確かめてから席に戻ると、彼女は両手を合わせて私に謝罪した。それが、席を追いやられた自分に対してのものだと理解するまで数秒かかり、私は間抜けな顔をしていたかもしれない。
「うん、別に……平気」
もう、彼女と目を合わせることはできなかった。それは、私の初恋であり、最後の恋でもあった。それは、私にとって衝撃的な、己の人生を変えてしまうほどの出会いで、大袈裟かもしれないが、華恋と引き合わせてくれた神に心からの謝意を述べたいと思う。
華恋はすぐにクラスの人気者となった。彼女はとてもよく笑い、よく喋る女の子だった。走れば誰よりも速く、テストを受ければ全教科満点なのだから、その活躍ぶりは漫画の主人公さながらである。
「及川やっべーよな!」
「すげー可愛いし」
「あー、俺、告っちゃおうかなあ」
数日後には、男子生徒からそんな話が持ち上がるのも必然だったが、華恋が転校してくる前は同じクラスの杉本真菜に、同様の賞賛を讃えていた彼らを私は冷笑していた。
もちろん、杉本も特筆して可愛らしい女子生徒ではあったが、華恋と比べてしまうと、それはもう哀れ。その一言に尽きた。とは言え、ほいほい好きな女の子を乗り換えるような軽薄な男たちを私は侮蔑していたし、そんな男どもに華恋は相応しくないとも考えていた。
六年生になってもクラス替えはなく、私は無事に華恋と一緒になれた。この頃には、すっかり彼女は馴染んでいて、すでに転校生だったことを覚えている生徒もいなかっただろう。
彼女はクラスの中心的な存在であり、そうなると、やっかむ女子生徒も自然発生してくる。彼女たちは、まるで雨上がりに湧いてくるボウフラのように鬱陶しく、狐のように滑稽であったが、華恋を輝かせることに一役かうだけの脇役であることは、誰が見ても一目瞭然であった。
「なにか言いたいことがあるなら、直接いいなよ!」
昼休み、棘のある華恋の声が教室内に響いた。
私が振り向くと、他のクラスメイトも同様に同じ方向を注視している。そこには、華恋を快く思っていない女子生徒三人の前に立ちはだかる、彼女の姿があった。
「別に、言いたいことなんて――」
「じゃあ、どうしてこっちを睨みながら、コソコソと話してるの?」
「別に、あんたのことなんて話してない。松本くんを見てたんだもん」
松本はいつも日に焼けていて整った顔をしていたが、脳みそが軽く、親が怪しげな商売をしていると噂のクラスメイトだった。三人組は身長も、体格においても華恋より立派だったが、身を縮めて小さくなる様は、職員室で先生に怒られている低学年のそれだった。
「ああ、松本くんと話したかったの? ごめんごめん。松本くーん、恵美ちゃん達がお話したいってさ」
「ちょっ、ちがっ!」
松本は爽やかな笑顔で輪に近づいていくと、そのグループで親しげに話を始めた。華恋は少し哀しそうに微笑んでから自席へと戻った。そして、文庫本を取り出して読み始める。その横顔が一年前よりもずっと大人びていて、私は周囲の目も気にせず彼女を見つめていた。
まるで、一枚の絵画に心を奪われた画商のように、私はただじっと、彼女を見つめていた。
そう、その頃の私にできることは、華恋を見つめる、ただ、それだけだった――。