50 カニエラ城攻略
### 第二章:カニエラ城攻略
冬の風が唸りを上げ、灰色の雲が空を覆い尽くしていた。カニエラ城の石壁は長い年月を経てもなお険しくそびえ立ち、その表面には戦の傷跡が刻まれ、苔がしみついていた。その姿はまるで砦のように揺るぎない。しかし、その城の中では、焦燥と飢えが静かに忍び寄っていた。
城門前に広がる雪混じりの大地には、ルーク・ベルシオンの軍勢が規律正しく展開している。銀色に輝く甲冑が寒空の下で鈍く光り、無数の旗が冷たい風に翻っていた。雪に踏みしめられた無数の足跡が戦の激しさを物語り、凍りついた地面には、既に戦で倒れた者たちの血がわずかに残っていた。兵たちは整然と動きながらも、既に勝利を確信しているかのように静かだった。
それに対し、城内はまるで沈みゆく船のようだった。壁の上では疲弊した兵士たちが寒さに震えながら見張りに立ち、砦の内側では病に倒れた者たちの呻き声が響いていた。倉庫に積まれた食糧は底を尽き、干からびたパンとわずかな塩漬けの肉が残るのみ。焚かれる火も乏しく、暖を取る術さえ失われつつあった。
城の高台から戦況を見下ろすリチャード・スピネル王の顔には、焦燥の色が濃く刻まれていた。彼は拳を強く握りしめ、指の関節が白く浮き出ている。その足元には、先日まで掲げられていた王家の旗が無惨に折れ曲がり、泥にまみれていた。
その時、遠くから鈍い太鼓の音が響き渡る。ルーク軍の戦鼓が、次なる行動の合図を告げていた。低く響く太鼓の音は、冷たい空気を震わせ、まるで敵兵の胸に直接響くような威圧感を与えていた。周囲の山々にこだまするその音は、まるでカニエラ城の運命を告げる死の鐘のようであった。
ルーク軍の猛攻が始まった。その主力はルークに下ったジェームズ達の軍である。彼らは、新しい主に対してその忠誠と実力を示さなければならなかった。ジェームズ率いる兵たちは城壁に殺到し、矢の雨をかいくぐりながら城門へと迫っていく。盾を掲げ、仲間をかばいながら進むその姿は、死への恐怖と忠誠心が交錯していた。
ジェームズ達の猛攻は三日三晩続いた。その攻撃にリチャード軍も良く応え、城を守り通す。だが……。
荒涼とした冬空の下、カニエラ城の壁は静かに、しかし確実に崩れゆく運命を迎えていた。
「……これ以上は持たぬ。」
ネルソン・スカバル公爵が声を絞り出すように進言する。しかし、リチャード・スピネル王は玉座に座ったまま、力なく天井を見上げていた。王の頬を汗が伝い、すでにその目には王者の威厳はない。彼の手が肘掛けを掴み、わずかに震えているのをネルソンは見逃さなかった。
その時――城外から轟くような雄叫びとともに、激しい号令が響いた。
「全軍! 攻撃開始!」
それは雷鳴のように響き渡り、瞬く間に戦場の幕が上がった。
城壁を見張っていた兵士が目を見開く。眼下では、無数の松明が黒い波のように揺れ、ベルシオン軍の圧倒的な軍勢が動き出していた。歩兵の列が城門に向かって進み、投石機の巨岩が空を裂いて飛来する。空を切る重厚な音とともに、城壁へと衝突する巨岩。その瞬間、轟音とともに石片が四方に飛び散り、兵たちの叫び声が響き渡った。
「くそっ、持ちこたえろ!」
スピネル軍の弓兵たちが矢を放つが、ベルシオン兵は怯むことなく突き進む。矢の間隙を縫うように前進し、盾兵が防御しながら槍兵が前へと進んでいく。前線の兵士たちは、己の死を覚悟しながらも戦場へと踏み込んでいた。
その時、轟音とともに城門が揺れた。
「門が破られる!」
ガリオン率いる精鋭部隊が巨大な破城槌を用いて城門を打ち砕こうとしていた。門の木材が軋み、亀裂が走るたびに、スピネル兵の顔に絶望の色が浮かぶ。木片が砕け、門の一部がついに崩れ始めた。
その一方で、城の裏手ではケインズの策が動き始めていた。城壁に隠された古い水路を通じて、密かに侵入した一隊が内部から門を開こうとしていた。見張りの兵士が何かに気づいたときにはすでに遅く、刃がその喉元を貫いていた。
やがて、一際大きな衝撃が響き渡る――
城門が、ついに崩れたのだ。
「敵が来るぞ! 迎え撃て!」
スピネル軍の将兵たちは必死に剣を構え、最後の抵抗に備えた。しかし、その士気はもはや限界だった。恐怖に駆られた者が逃げ出し、瓦礫の上で足を滑らせる者が続出した。
ベルシオン軍の猛攻が始まり、戦場は混沌とした血と鉄の渦へと変わっていった。
カニエラ城の運命は、もはや決していた。
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城内の火は弱々しく燃え、崩れた壁の隙間から冷たい風が吹き込んでいた。血に染まった中庭では、戦いの余韻がなおも漂っている。
「まだ……まだ終わらぬ……!」
リチャード・スピネル王は肩で息をしながら剣を握り締めた。金糸の刺繍が施されたその戦装束は、泥と血にまみれて輝きを失い、かつての王者の威厳は見る影もなかった。
その周囲には、崩れ落ちた兵たちの姿があった。瀕死の兵士たちは倒れ伏し、剣を手放した者も多い。それでも、なお戦う意思を見せる王を前に、誰も動くことはなかった。
「終わりだ、リチャード。」
冷静な声が夜気を裂いた。
ルーク・ベルシオンが悠然とリチャードの前に立つ。血塗られた剣を手にしながらも、その動きには一片の乱れもない。まるで自らの勝利を疑うことなく、当然の結末としてこれを迎えたかのようだった。
リチャードは歯を食いしばる。あまりに悔しく、あまりに無念だった。剣を振り上げるが、その刃が届く前に――
鋭い閃光が夜を裂いた。
ルークの一撃がリチャードの剣を弾き飛ばす。金属が地面に転がる音が、静寂を呼び込んだ。
リチャードは呆然と己の手を見下ろす。剣を失ったその手は、すでに戦士の手ではなかった。支配者であることを示すものは、もはや何も残されていない。
「……負けた、のか……。」
膝をついたリチャードの瞳に、燃え落ちる城が映る。
その時、ネルソン・スカバル公爵が歩み出た。顔色は蒼白で、唇を噛み締めながらも、静かに頭を垂れる。
「陛下……我々は、降伏いたします。」
ネルソンの言葉とともに、残されたスピネル軍の将兵たちは剣を地に落とした。
すべてが終わった――。
冷たい風が中庭を吹き抜ける。戦火に包まれていた城が、まるで長い悪夢から覚めるように、静けさを取り戻していった。
こうして、スピネル王国は完全にベルシオン王国の支配下に入ったのだった。




