47 威圧の布陣とスピネル王国王都カーターズポリスの陥落
夜明け前の冷たい空気が、広大な草原に張り詰めるような緊張感をもたらしていた。蒼白い月が空に浮かび、雲間から薄明が差し始める頃、ベルシオン軍は静かに行軍を続けていた。その進軍は静かでありながら、確かな威圧感を放っていた。
甲冑の擦れる音、馬蹄が土を踏みしめる重厚な響き、そして無言のまま進む兵たちの影。それら全てが、練度の高さを物語っている。戦場に立つ者であれば、誰もがこの軍勢の規律と力を一目で悟るだろう。
軍の先頭を進むのは漆黒の馬にまたがるルーク・ベルシオン。その姿はまるで闇を纏う戦神のようだった。彼の黒鎧が薄明の光を鈍く反射し、背後には彼に忠誠を誓う精鋭たちが従う。その中でも、彼の右手に控えるケインズと、左手に並ぶガリオンは特に目を引いた。
ケインズは冷ややかに馬を進めながら、遠くに広がるスピネル軍の陣を一瞥した。彼の表情に迷いや不安はない。むしろ、すべてを見通しているかのような余裕があった。
「リチャードは手をこまねいている。いや、どう動くべきかも判断できていないというべきか」
彼の言葉には、嘲るような響きが混じっていた。
「奴はこれまで一度も"選択"をしたことがない。ただ、周囲の言葉に流され、その場しのぎの決断を繰り返してきただけだ。今も同じだ。突然戦場に現れた我らにどう対処すべきか、考えがまとまらぬまま狼狽している」
ルークは静かに頷いた。
「ならば、我らの手で選択肢を削ぎ落としてやればいい」
一方、ガリオンは豪快に笑いながら馬を進めた。
「まったく面白みのない王だな。敵に回すなら、もう少し骨のある奴のほうがやりがいがあるってものだ」
「奴が面白いかどうかは問題ではない。どうせじきに消える者だ」
ケインズが淡々と告げると、ガリオンは肩をすくめた。
「そうだな。だったら、早めに片をつけようぜ。俺は手応えのある戦がしたいんだ」
「手応えなら、これからたっぷり味わえるだろうよ」
ルークは不敵に笑いながら、スピネル軍の陣へと目を向けた。
スピネル王国軍の陣営が見える距離まで進軍すると、ルークは手綱を引き、軍を停止させた。冷たい風が草原を吹き抜け、軍旗がはためく。
「陣を固めろ」
ルークの号令に応じ、兵たちは迅速に陣形を整えていく。歩兵は盾を前に構え、槍を掲げて敵に威圧を与えながら整然と並ぶ。後方には弓兵が配置され、騎兵は左右に広がりながら敵の側面を牽制するように展開した。
ベルシオン軍の布陣は、敵に見せつけるためのものだった。怯え、迷う者をさらに追い詰めるための戦術。それを理解しているからこそ、ケインズは余裕の笑みを浮かべながら言った。
「さて、奴らがどう転んでも我らの勝ちは揺るがんが……どのように転がるか、見届けるのも悪くはないな」
「弱い犬ほど、吠えながら後ずさるものだ」
ガリオンが大剣の柄を軽く叩きながら続ける。
「だが、もし飛びかかってきたら、一瞬で首を落としてやるだけの話だ」
ルークは微かに笑いながら、前方のスピネル軍を見据えた。
「さあ、どう動く?」
彼の声は、まるで運命を支配する者のごとく、確信に満ちていた。
夜明けは近い。戦の幕が開けるのも、もはや時間の問題だった。
一方、南部を制圧した別動隊は、スピネル王国王都カーターズポリスへと進軍していた。王都周辺には戦の疲弊が色濃く残り、城壁の上から怯えたスピネル兵たちがベルシオン軍を覗き込んでいた。
兵たちは緊張の面持ちで王都を取り囲み、冷たい風が戦の終焉を予感させる。市民たちは戦火を恐れ、家の中に身を潜める者もいれば、降伏を期待して広場に集まる者もいる。王都の空は曇天に覆われ、鈍い光が城壁を静かに照らしていた。
マルク公爵が馬上から城壁を見上げる。「ここが最後の要だ。敵の戦意はほぼない。強襲する必要もなかろう。」彼は冷静に情勢を見極め、使者を送り出す。
使者が城門を叩き、降伏勧告を伝える。城内ではスピネル王国の宰相が蒼白な顔で震えながらその言葉を聞き、王都守備隊長は苦渋の表情を浮かべる。「我々にはもう選択肢がない……」
一部の守備兵は最後まで抵抗を試みようと剣を抜くが、隊長がそれを制止した。「無駄な血を流すな。我々はすでに敗れたのだ。」
そしてついに、門がゆっくりと軋みながら開かれた。その瞬間、ベルシオン軍の旗が掲げられ、城門を越えてたなびく。マルク公爵が無言で進軍の合図を送り、ベルシオン兵たちは慎重に王都へと足を踏み入れた。彼らは組織的に市街を制圧し、略奪や暴虐のない、整然とした占領を実行する。住民たちは恐れながらも、それを見て安堵の表情を浮かべる。
「降伏します……」
こうして、ベルシオン軍はスピネル王国王都カーターズポリスを制圧し、スピネル王国の実質的な終焉を迎えた。
その知らせを聞いたルークは、陣幕の中で静かに戦局を見つめる。ケインズとガリオンが彼の傍らにいた。
「これで終わりではない。これからが本当の統治の始まりだ」
ルークの言葉に、ケインズが微笑を浮かべながら応じる。
「当然だ。我々が求めているのは、ただの勝利ではなく、持続する支配だ」
ガリオンは腕を組み、王都の方向を見据えながら言った。
「あっけなかったな。後はリチャードとジェームズを始末するだけだな」
ルークは静かに頷き、瞳にはさらなる未来が映し出されていた。




