43 ベルシオンの決断 ― スピネル王国征服
ベルシオンの決断 ― スピネル王国征服へ
冬の冷気がベルシオン城の石壁を撫でる夜更け。月明かりが静かに広間を照らし、薄暗い影が壁に踊る中、イザベラは執務机の前に座り、燃えさかる蝋燭の灯りのもと、書類をめくっていた。彼女の指先は優雅に羊皮紙の上を滑り、戦略の記録が次々と綴られていく。集中した表情の中に、彼女の決意が表れていた。
そんな静寂を破ったのは、扉を叩く軽やかな音だった。「イザベラ、お届け物です」と小太郎の声が響く。イザベラは筆を止め、顔を上げる。彼女の目には期待と緊張が交錯していた。「小太郎か……入って」と彼女は声をかける。
扉が静かに開かれ、闇に溶け込むような黒装束の忍び――小太郎が音もなく現れる。彼は慎重に周囲を確認しつつ、イザベラの前に巻物を差し出した。その手は少し震えているが、彼の表情には決意が宿っていた。「スピネル王国より急報。リチャード王とジェームズ公がついに戦を始めた」と告げる。
イザベラの瞳が鋭く光る。彼女は素早く巻物を受け取り、開いた。そこに書かれていたのは、スピネル王国内での全面戦争の勃発。彼女の口元に冷ややかな笑みが浮かぶ。それはまるで、これから訪れる戦乱を見据えた女帝のような笑みだった。「……ついに始まったのね」と彼女は呟く。
「ルーク様に報せねばなりませんね」と小太郎が静かに言うと、イザベラは頷き、椅子から立ち上がる。「ええ。これはベルシオンにとって、絶好の機会だもの」と彼女は力強く言った。その言葉には、戦の興奮と期待が込められていた。
翌朝、王宮の広間にはベルシオン王国の要人たちが集められていた。ルーク・ベルシオン王は玉座に深く腰掛け、前方に控えるイザベラの報告に耳を傾けていた。彼の姿は威厳に満ち、紫紺の瞳は冷静さを保ちながらも、内心では戦局への不安が渦巻いている。
「スピネル王国は現在、内乱状態です。リチャード王とジェームズ公爵の戦いが始まりました。すでに大規模な戦闘が各地で発生しています」とイザベラが報告する。彼女の声は落ち着いているが、その背後には緊張感が漂っていた。
広間に重苦しい沈黙が落ちる。ルークは顎に手を添え、鋭い紫紺の瞳で戦況を思考するように宙を見つめた。彼の心には、戦の流れを読み取ろうとする意志が宿っている。「……内戦が長引けば、スピネル王国の国力は削がれる。しかし、我々が動くならば今しかない」と彼は静かに言った。
イザベラが静かに頷く。「リチャード王は愚王です。戦の指揮も決して上手いとは言えません。一方、ジェームズ公爵には有能な家臣がついていますが、戦力ではリチャード側が優勢でしょう。しかし――」
「どちらも疲弊する……そこを突くのか」とルークの声が低く響く。彼の瞳には王としての決断の光が宿っていた。彼は自らの運命を切り開くために、全力を尽くす覚悟を決めていた。
「軍を動かす。我がベルシオン軍をもって、スピネル王国の内乱を終わらせる。そして、その先にあるのは――我々の新たな領土だ」とルークは力強く宣言した。彼の言葉は、まるで雷鳴のように広間に響き渡り、集まった者たちの心に火を灯した。
軍議の場にどよめきが広がる。各貴族たちが顔を見合わせ、戦の流れを見極めようとする中、ウイリアム侯爵が一歩前に出た。
「陛下、もしスピネル王国を併呑するならば、速やかに動くべきでしょう。敵が戦で疲弊しきる前に」と彼は力強く主張する。
オリボ伯爵が薄く笑いながら付け加える。
「しかし、敵もこちらの動きを察知すれば、共闘して迎え撃つ可能性もある。我々は慎重に戦端を開く必要があるでしょうな」と彼の言葉には、冷静さと警戒心が滲んでいた。
ルークは一同を見回し、その場にいるすべての者の覚悟を試すような眼差しを送る。
「ベルシオン軍、総動員の準備をせよ。目標は――スピネル王国の完全制圧だ」と彼は力強く命じた。その言葉が、ベルシオンの運命を決定づける号令となった。
ベルシオン軍、進軍開始
ベルシオン王国の広大な軍営地に、出陣の鐘の音が鳴り響く。鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士たちが隊列を組み、槍兵が整然と並び、弓兵たちが矢筒を肩に掛ける。その光景は、まるで嵐の前の静寂。戦の匂いが、冷たい朝の空気に漂っていた。
「総員、進軍準備ー!」
指揮官たちの号令が響くと同時に、軍旗が翻り、万を超える兵士達が整列する。
イザベラは王城から前方を見据える。冷たい風が彼女の長い髪をなびかせ、はるか視線の先、広大なスピネル王国の領土を脳裏に浮かぶべる。かつては強国と称されたその地も、今は度重なる出兵により荒廃し、貴族同士の争いに疲弊していた。
「――スピネル王国も、我々のものになる」
彼女の口元に冷ややかな笑みが浮かぶ。だが、その内には冷徹な戦略家の炎が燃えていた。




