41 エクロナス城包囲戦2
夜は静寂に包まれ、エクロナス城を囲むリチャード軍の陣営は、昼間の喧騒が嘘のように沈んでいた。
しかし、その闇の中では、何者かが蠢いていた。
まるで、静けさの裏に潜む獲物を狙う捕食者のように。
オーガスト・ドレット伯爵の陣営の裏手――そこには深い森が広がり、通常なら敵の奇襲を警戒して厳重な警備が敷かれるはずだった。
しかし、ここだけは妙に手薄だった。
まるで、誰かが通り道を作るかのように、警戒心が薄れていた。
「まるで通り道を作るかのように……」
リチャードの密偵たちは、夜の帳に溶け込むように潜みながら、じっとその様子を見つめていた。
彼らの心臓は、緊張で高鳴り、静寂の中で響く鼓動が、まるで運命の鼓動のように感じられた。
やがて、影が動く。
黒衣を纏った数人の男たちが、荷車を押して森の奥へと消えていく。
その荷車には、布に包まれた何かが積まれていた。
密偵たちは、その姿を目に焼き付けながら、心の中で確信を深めていく。
「やはり……」
密偵たちは静かに後を追い、やがて彼らが向かう先がエクロナス城であることを確信した。
オーガストがジェームズに内通している――この証拠を掴めば、もはや言い逃れはできない。
一方、オーガストは焦りを隠せなかった。
彼の心の中では、疑念が渦巻き、まるで嵐の中で揺れる小舟のように不安定だった。
密偵が動き出していることは、彼も察していた。
リチャードが疑いの目を向けているのは明らかだった。
「……まずいな」
彼は天幕の奥で酒をあおりながら、小さく舌打ちした。
酒の苦味が喉を通り過ぎると同時に、彼の心には冷たい恐怖が広がった。
「まだ完全に露見したわけではない。しかし、このままでは時間の問題だ」
ジェームズへの補給路が断たれれば、エクロナス城は持ちこたえられない。
だが、それ以上に問題なのは、自分の立場だった。
もし裏切りが露見すれば、リチャードは容赦なく彼を処刑するだろう。
彼の心には、死の影が忍び寄っていた。
今、どう動くべきか……?
その時、側近が慌てた様子で駆け込んできた。
彼の顔は青ざめ、まるで死神に追われているかのようだった。
「伯爵、まずいことになりました! リチャード王が密偵を増やし、我々の動きを探っています!」
側近の声は、焦りと恐怖に満ちていた。
オーガストは眉をひそめ、心の中で不安が膨れ上がる。
「……どこまで気づかれている?」
「まだ確証は掴まれていないようですが、このままでは時間の問題です。下手をすれば……」
側近は言葉を詰まらせた。
「見せしめに処刑される、か」
オーガストは皮肉げに笑い、椅子から立ち上がった。
その笑みの裏には、冷酷な決意が隠されていた。
「ならば、動くしかないな」
――リチャードに先手を打たれる前に、こちらから仕掛ける。
翌朝、薄曇りの空が広がる中、リチャード王はネルソン・スカバル公爵とともに、オーガストの陣営へ向かった。
冷たい風が彼らの頬を撫で、緊張感が漂う。
リチャードの心には、疑念と不安が渦巻いていた。
彼の目は鋭く、まるで獲物を狙う猛禽のように、オーガストの動きを見逃すまいと光っている。
オーガストは既に覚悟を決めた顔で彼らを迎えた。
彼の表情は冷静そのもので、まるで嵐の中に立つ岩のように揺るがない。
微笑みを浮かべながらも、その目には計算された冷たさが宿っていた。
「これはこれは、陛下。早朝からわざわざお越しいただけるとは光栄です」
とオーガストは言った。
その声は柔らかく、まるで甘い蜜のように響くが、リチャードにはその裏に潜む狡猾さが見え隠れしていた。
「冗談はよせ、オーガスト」
とリチャードは冷たい目を向けた。
彼の声には、怒りと疑念が混ざり合い、まるで雷鳴のように響いた。
「貴様の軍だけが妙に静かだという報告を受けている。夜間の巡回も最低限、奇妙な動きもあるそうだな?」
オーガストは表情を変えずに応じる。
彼の心の中では、緊張が高まり、
まるで弦楽器の弦が引き絞られるような感覚が走った。
「陛下、それはおそらく誤解です。我が軍は貴軍の一部。無用な動きは慎むべきと判断したまでのこと」
「ならば、陣営の兵たちに聞いても問題はないな?」
リチャードの言葉に、オーガストの腹心たちが一瞬、息をのんだ。
彼らの顔には不安が浮かび、まるで嵐の前の静けさに包まれたかのようだった。
このままでは、全てが暴かれる……!
オーガストの心は焦燥感で満ちていた。
しかし、彼は微笑を浮かべたまま、ゆっくりとリチャードを見据えた。
その目には、冷静さを装った決意が宿っていた。
「――もちろんですとも。どうぞ、お好きにお調べください」
その瞬間、ある決意がオーガストの心を貫いた。
先に動くのは、俺だ。
オーガストは、自らの立場を守るために巧妙な策を巡らせる。
彼はリチャードに対して毅然とした態度を貫き、あくまで潔白であることを主張するだけでなく、リチャード軍内部の不満や矛盾を逆手に取ることで、疑いの矛先を他に向けようとした。
彼の心には、冷静さを装った計算が渦巻いていた。
さらに、彼はジェームズ派への補給経路の一部を意図的に断ち、密偵たちに「裏切りの証拠を隠そうとしている」ように見せることで、むしろ疑念を薄める工作を行った。
彼の動きは、まるで巧妙な手品のように、周囲の目を欺いていた。
この巧みな動きにより、リチャードの疑念は完全には晴れなかったものの、
「確証がない以上、強硬手段に出るのは得策ではない」
とネルソン・スカバル公爵が進言。
リチャードは渋々ながらも即座の処断を見送り、監視を強化するにとどめた。
しかし、オーガスト自身は決して安堵しなかった。
疑いは完全には消えておらず、今後の行動次第では再び命を狙われる。
彼はさらに慎重に動き、ジェームズ派とリチャード軍の間で揺れる絶妙なバランスを維持しながら、己の生き残りを賭けた策略を張り巡らせるのだった。




