40 エクロナス城包囲戦 1
40 エクロナス城包囲戦 1
城の高い塔の上から、ジェームズは動かぬリチャード軍を見下ろした。
彼の視線は、静寂の中でじっと佇む敵の姿に注がれている。
まるで、獲物を狙う猛獣が、獲物の動きを見極めるかのように。
「やはり動けぬか……」
彼は冷たく呟き、口元に浮かぶ微かな笑みは、敵の無力さを嘲笑うかのようだった。
隣に立つビンセント・スプラス侯爵は、静かに笑みを浮かべていた。
その目には、勝利の余裕が宿り、まるで勝者の余韻に浸るかのようだ。
「投石車さえなければ、ただの脅しに過ぎません。やつらはこうしてじっとしているしかない」
と彼は言い、指先で軽く髪を撫でながら、敵の無力さを嘲笑うように笑った。
ジェームズは鼻を鳴らし、心の中で敵の無力さを嘲笑った。
「ならば、この籠城戦、徹底的に耐え抜いてやるまでだ」
と彼の言葉には、決意とともに冷徹な意志が込められていた。
こうして、戦場は一時的に膠着状態へと突入した。
リチャード軍は夜を徹してエクロナス城を完全に包囲した。
城を囲むように陣を張り、見張り塔には弓兵を配置。
周囲の村々を焼き払い、補給拠点を徹底的に潰した。
日の出とともに、巨大な軍勢が城を取り囲んでいる様は、まるで大蛇が獲物を押さえ込み、じわじわと息の根を止めようとしているかのようだった。
「これで終わりだ……」
リチャード・スピネル王は、天幕の中でワインを片手に、冷笑を浮かべた。
彼の目は、勝利の確信に満ちているが、その裏には冷酷な計算が潜んでいた。投石車こそ失ったが、城を落とす手段は一つではない。
時間さえかければ、飢えと恐怖が敵の戦意を削ぎ、やがて降伏へと追い込める。
「ジェームズはもともと籠城戦向きの男ではない。やつに耐え忍ぶ覚悟があるとは思えぬ」
と彼は呟きながら、指でワイングラスの縁をなぞった。
ワインの赤い液体が、彼の心の中の冷酷さを象徴するかのように揺れ動く。
「報告します!」
急ぎ駆け込んできた伝令が、緊迫した表情でひざまずく。
その姿は、まるで重い運命を背負った者のようだった。
「エクロナス城の門は固く閉ざされておりますが、内での動きに変化はありません。しかし……」
「しかし?」
リチャードは、心の中で不安が膨らむのを感じた。
「妙なことに、敵兵たちの疲弊の様子があまり見られぬのです。通常、兵糧攻めを始めて数日も経てば、内部で食糧の配給が制限されるはず。しかし、城の中の兵たちは、むしろ士気を保ち続けているように見えます」
リチャードは眉をひそめ、心の中で疑念が渦巻く。
「……おかしいな。補給路は徹底的につぶしたはず。奴らの備蓄はそれほど豊富だったか?」
彼の声には、焦りが滲んでいた。
ネルソン・スカバル公爵が腕を組み、思案する。
その表情には、深い考察が浮かんでいた。
「もしくは……どこかで物資が城内へ流れ込んでいるのかもしれません」
その言葉に、天幕内の空気が凍りついた。
リチャードは、心の中で不安が膨れ上がるのを感じた。
彼は、敵の意外な抵抗に直面し、戦局が思わぬ方向に進むことを恐れた。
「もしそうなら、我々の計画は根底から覆される。急いで調査を行え!」
リチャードは命令を下し、緊張感が天幕内に満ちていく。
彼の心には、勝利への執念と同時に、敗北の恐怖が渦巻いていた。
一方、エクロナス城の一角――城壁の西側、そこにはリチャード軍が特に厳重に警戒していない一帯があった。
薄暗い夜の帳が降りる中、オーガスト・ドレット伯爵の軍がその一帯を担当していた。
オーガストは親ジェームズ派に属し、密かに裏切りの機をうかがっていた。彼はリチャード軍に属しながらも、ジェームズに内通し、密かに補給物資をエクロナス城へ流していたのである。
夜闇に紛れ、密偵たちは静かに動き出す。
彼らは、オーガスト軍の陣営の裏手にある森へと続く狭い道を利用していた。リチャード軍の包囲が厳しいとはいえ、完全に盲点がないわけではない。
オーガストは、監視が緩いその道を巧みに利用し、商人や農民に扮した密偵たちを送り込んでいた。
「リチャードの奴も、ここまで気が回るまい……」
オーガストは夜の帳に紛れながら、口元に浮かぶ微笑みを隠さず、心の中で勝利を確信していた。
彼の目には、計画が成功する期待感が宿っていた。
しかし、この密輸作戦はいつまでも隠し通せるものではない。
リチャード軍の中にも、オーガストの動きを不審に思う者が出始めていた。
「陛下、オーガスト軍の動きに妙な点があります」
ある夜、リチャードの陣営に戻ってきた密偵が、低く囁いた。
彼の声は緊張感に満ち、まるで暗闇の中から忍び寄る影のようだった。
「奴の陣だけが異様に静かです。夜間の巡回も最低限しか行われず、兵士たちの警戒心も他の陣営と比べて緩い。それに……時折、城へ向かう影を見ました」
リチャードの目が鋭く光る。彼の心には、疑念と怒りが渦巻いていた。
「ほう……?」
ネルソン・スカバル公爵が低く唸った。
彼の表情には、思考の深さが浮かび上がり、まるで暗い海の底で何かを探るような緊張感が漂っていた。
「つまり、オーガストがジェームズに通じている可能性があると?」
リチャードはグラスを置き、静かに立ち上がる。
その瞳には、怒りと冷徹な計算が浮かんでいた。
彼の心の中では、裏切り者に対する制裁の炎が燃え上がっていた。
「面白い……ならば、そろそろ手を打つとしよう」
その夜、リチャード軍は密かにオーガスト軍の動きを探るべく、監視の目を強めた。
彼らの心には、裏切りの影が迫る不安と、真実を暴くための決意が交錯していた。
オーガストの裏切りが露見するのは、もはや時間の問題かもしれない。
夜の静寂が、彼らの運命を見守るかのように、重くのしかかっていた。




