36 日暮後の軍議
日が暮れた後の軍議
夜闇が戦場を包み込み、まるで黒い絨毯のように静寂をもたらしていた。僅かに雲間から覗く月光が、城壁の影を長く引き伸ばし、まるで不気味な影絵を描いているかのようだった。ジェームズ軍の軍議は、城の大広間で開かれていた。揺らめく松明の光が、壁にかかる古びたタペストリーを照らし出し、兵たちの疲れた顔に赤黒い影を落としていた。彼らの目には、戦の不安と恐怖が映し出されていた。
ジェームズ・スピネル公爵は円卓の中央に立ち、地図を睨みつけながら低く唸った。
「リチャード軍は投石車を前線に配備し、城壁を崩すつもりだ。我々の弓兵が迎撃する間に、歩兵は城門の補強を急げ」
彼の声は、冷たい夜の空気を切り裂くように響き、周囲の緊張感を一層高めた。
その隣には、ビンセント・スプラス侯爵が座っていた。彼は長身で、優雅な身のこなしを持つ男だったが、その表情には不安の色が浮かんでいた。彼は手元のワイングラスをじっと見つめ、心の中で戦局の行く末を考えていた。
「このままでは、我々の運命は暗い」
と彼は心の中で呟いた。
一方、アーロン・フレミング侯爵は、冷静さを保ちながらも、内心では緊張を隠しきれずにいた。彼は短い髪を撫でながら、周囲の様子を観察していた。彼の目は、ジェームズの言葉に耳を傾ける一方で、他の貴族たちの反応を探っていた。アーロンは、戦の行く末が自らの運命にも影響を及ぼすことを理解していた。
「ですが、閣下。奴らは兵数にものを言わせ、持久戦に持ち込むつもりかと……」
老練な騎士の進言に、ジェームズは鼻を鳴らした。
彼の表情には、冷酷な決意が宿っていた。
「ならば、夜襲を仕掛ける。奴らの投石機に火を放ち、混乱を誘え」
重苦しい沈黙が広間を支配した。まるで、運命の選択を迫られているかのような緊張感が漂っていた。やがて、ビンセントがため息混じりに口を開く。「……それはあまりに危険では?」その言葉は、まるで冷たい水をかけられたように、場の空気を凍りつかせた。
その時、アーロン・フレミング侯爵に向かって、ビンセントが声をかけた。
「アーロン、君はどう思う? この戦略は果たして成功すると思うか?」
彼の目には、期待と不安が交錯していた。
アーロンは一瞬考え込み、冷静に答えた。
「成功するかどうかは、我々の決断と行動次第だ。だが、リチャード軍の動きには注意が必要だ。彼らは巧妙な策略を持ってい」
ジェームズは鋭い目で貴族たちを睨みつけた。
「この戦は短期決戦だ。城壁が持たねば、我々に未来はない」
彼の言葉には、切迫した危機感が滲んでいた。
その場にいる誰もが、戦の行く末を不安に思っていたが、彼らには選択肢がなかった。
やがて各将は命令を受け、席を立ち始めた。
オーガスト・ドレット伯爵は静かに戦局を考察していた。
彼は盃を傾けながら、戦局の推移を冷徹に計算する。
オーガストは現在、リチャード軍に属しているが、心の奥底では裏切りの機会を待ち望んでいた。
リチャード軍が勝てば、私は彼に従う……ジェームズ軍が持ちこたえれば、奴に忠誠を誓ったまま。どちらに転んでも損はない。
オーガストの口元に、薄く笑みが浮かんだ。彼の心の中には、冷酷な計算と共に、微かな期待が渦巻いていた。
翌朝――。
夜が明けると、空は鉛色の雲に覆われ、冷たい風が城壁を叩いていた。
遠くで太鼓の音が鳴り響き、敵軍の進軍が始まったことを告げる。
「来たか……!」
ジェームズ軍の兵士たちは弓を構え、城壁の上から敵を睨みつけた。
彼らの心には、緊張と恐怖が交錯していた。
まるで、運命の瞬間が迫っているかのように。
城門の外では、リチャード軍の投石機が次々と準備を整え、巨岩を城壁へと向ける。
「投石車、発射準備!」
リチャード軍の指揮官が合図を送ると、投石車のアームがしなり、巨大な石が空を裂いた。
城壁に直撃すると、轟音とともに石片が四方に飛び散り、ジェームズ軍の兵士が数名吹き飛ばされ、悲鳴が響く。
「耐えろ! 城壁の損傷を確認しろ!」
ジェームズは声を張り上げ、兵士たちを鼓舞した。
しかし、リチャード軍は容赦なく投石を続け、城壁の一部が大きく崩れ始めた。
彼の心の中には、焦燥感が渦巻いていた。
まずい……このままでは持たない!
ジェームズの額に汗が滲む。
彼の脳裏には、昨夜の軍議の決断がよぎった。
「夜襲隊、準備はできているな?」
部下が力強く頷く。
「はっ、敵の投石車を襲撃する準備は万全です!」
ジェームズは城壁の上から戦場を見下ろし、敵陣の隙を探した。
オーガスト・ドレット伯爵はその様子を一歩引いた位置から観察し、静かに口の中で呟いた。
「さて……どの瞬間に動くべきか……」
彼の目は、敵の戦力と味方の消耗を冷徹に計算し、裏切りの最適な瞬間を見極めていた。
その時——新たな巨岩が城門に向かって飛来し、轟音とともに木製の門が大きくひしゃげた。
「総員、迎撃準備!」
ジェームズの叫びが、戦場に響き渡った。
攻城戦は、いよいよ苛烈さを増していく——。
城壁の上では、兵士たちが緊張した面持ちで弓を構え、敵の動きを見守っていた。
彼らの心には、仲間を守るという強い意志が宿っていたが、同時に恐怖も渦巻いていた。
ビンセント・スプラス侯爵は、城壁の端に立ち、弓を引き絞りながら、敵の動きを見つめていた。彼の心には、戦の行く末に対する不安が広がっていた。
「このままでは、我々の運命は暗い」
と彼は心の中で呟いた。隣に立つアーロン・フレミング侯爵は、ビンセントの表情を見て、彼に声をかけた。
「ビンセント、冷静になれ。
今は我々が力を合わせる時だ。恐れずに戦おう。」
ビンセントはアーロンの言葉に少し心を落ち着け、頷いた。
「そうだな、アーロン。共に戦うことで、我々は勝利を掴むことができる」
彼は再び弓を構え、敵の動きを見つめ直した。
その瞬間、リチャード軍の投石機が再び発射され、巨岩が空を切り裂いて飛んできた。
城壁に直撃すると、轟音とともに石片が飛び散り、周囲の兵士たちが悲鳴を上げる。
ジェームズは叫んだ。
「耐えろ! 迎撃の準備を急げ!」
攻城戦は、いよいよ苛烈さを増していく。
各将はそれぞれの役割を果たすために動き出し、戦場は混沌とした状況に包まれていった。
オーガストはその様子を冷静に観察し、裏切りの瞬間を待ち続けていた。
彼の心の中には、勝利のための計算が渦巻いていた。




