34 エンピナース城攻防戦 1
リチャード王達はジェームズ達の討伐に乗り出した。リチャード・スピネル王の軍2000、ネルソン・スカバル公爵軍1200、オーガスト・ドレット伯爵1100、ベンジャミン・グレン伯爵1100の総勢5400である。
リチャード王の軍団は、ベンジャミン軍を先頭にネルソン軍、リチャード軍と続き、オーガスト軍は一日遅れで追いつく予定であった。
ジェームズ公爵領の北部にそびえるエンピーナース城は、灰色の石壁に囲まれた堅牢な要塞であった。長年の風雪に耐えてきたその城は、戦乱の時代を生き抜いてきた証を刻んでいる。城門の前には深い堀が広がり、頑丈な跳ね橋がその入口を守っていた。城内では兵士たちが槍や弓を手入れしながら、来る戦いに備えている。秋の空は澄み渡り、紅葉した木々が城の周囲に色を添えていた。
城の城壁から南方を見渡すと、遠くに広がる平原の向こうに、リチャード軍が進軍してくる様子がうかがえた。その光景を前に、ジェームズ・スピネル公爵は静かに秋空を見上げ、呟く。
「リチャードの奴、短気な奴だ! もう軍を動かしてくるとはな……」
彼の隣に立つのは、ビンセント・スプラス侯爵。茶髪の端整な顔立ちをした男で、細身ながらもどこか貴族然とした気品を漂わせている。彼は腕を組みながら肩をすくめ、鼻で笑った。
「全くです。奴は臆病者故、様子を見ている余裕というものが、なかったのでしょうな。奴が動かなければこちらもまだ、動かなかったものを」
アーロン・フレミング侯爵がその言葉に同意するように頷いた。白髪交じりの黒髪を持つ彼は、厳格な顔つきに鋭い目を光らせ、戦場を見据えている。彼は痩身ながらも、持つ雰囲気はまさに老獪な戦略家といったところだった。
「全くだ。軍議の時のリチャードの顔を見せてやりたかったぞ。小物感丸出しだったな」
そう言って嘲笑するのは、フランク・ミル子爵。赤毛のがっしりとした体格の男で、豪快な笑顔を見せながら陽気に笑う。彼は戦場でも屈託のない態度を崩さないが、その腕っぷしの強さは誰もが知るところである。
「この戦い、楽しみになってきたぜ。リチャードの奴を叩き潰せば、俺たちの勝利も確実だ!」
その隣では、オルグレン・ドルトン子爵が静かに佇んでいた。白髪交じりの黒髪を持ち、鋭い目つきが特徴の男で、細身ながらも威圧感を放っている。彼は冷静に戦場を見つめながら、深く息を吐いた。
「油断は禁物だ。奴の背後にはネルソン・スカバル公爵が控えている。あの男の知略を侮れば、痛い目を見るぞ」
ジェームズはオルグレンの言葉にわずかに目を細めた。確かにネルソン・スカバル公爵は一筋縄ではいかない。しかし、この戦場においては彼らの方が地の利を持ち、迎え撃つ側である。その優位性を最大限に活かすつもりだった。
エンピーナース城に集結した彼らの軍勢は、ジェームズ・スピネル公爵軍1200、ビンセント・スプラス侯爵軍1000、アーロン・フレミング侯爵軍1000の計3200。兵たちは城壁の上から敵の動向を見つめ、いつでも迎撃の準備が整っていた。
秋の風が吹き抜ける中、ジェームズは剣の柄を握りしめながら決意を固めた。
「この城を死守するぞ。リチャードの野望をここで打ち砕く!」
彼の声が響き渡ると、貴族たちはそれぞれの決意を胸に、戦いの幕開けを待ち構えた。
夕暮れの赤い光がエンピーナース城の石壁を焼くように染め上げていた。冷えた風が戦場を駆け抜け、旗をばたつかせながら、今にも血と煙の匂いを運んできそうだった。
リチャード・スピネル王は丘の上に設けられた天幕の下で、黄金の刺繍が施された深紅の軍装をまとい、重そうな酒杯を掲げていた。彼のくすんだ金髪は風に吹かれ、たるんだ体を包む衣の装飾は、まるで戦場に不釣り合いな余計な飾りのようだった。赤ら顔の王は不機嫌そうに城を睨みつけ、唇を歪める。
「ジェームズの奴、まったく生意気なものだな。我が命に背き、反旗を翻すとは」
酒の匂いが彼の息に混じり、空気を重くする。リチャードの濁った視線がネルソン・スカバル公爵へ向けられた。
「投石車の準備はどうなっておる?」
ネルソンは微かに目を細めた。彼の顔は彫像のように感情を隠しているが、その内心には冷たい計算が巡っていることを感じさせる。
「すでに配置を終え、準備は整っております。いつでも攻撃を開始できます」
「よし、では存分に叩いてやれ! あの城壁を粉砕し、あの生意気な男を引きずり出すのだ!」
リチャードの命令が下されると、戦場に緊張が走った。兵士たちは甲冑の隙間から汗を滲ませながら、巨大な投石車の機構を調整し、岩のような力強い手で綱を引く。
やがて、第一弾の投石が解き放たれた。
空を裂くような音とともに、巨岩が天空へと消え、次の瞬間には城壁へと叩きつけられる。大気が震え、爆発したような轟音が響き渡る。破砕した石の欠片が花火のように舞い散り、塵が煙のように立ち昇った。
城の中では、ジェームズ・スピネル公爵が静かに戦況を見つめていた。窓の外で散る石片の雨を眺めながら、彼はわずかに笑う。
「ついに攻撃を始めたか……短気な奴め」
彼の隣に立つビンセント・スプラス侯爵とアーロン・フレミング侯爵は、冷静な表情を保ちながらも、その目の奥には鋭い光が宿っている。
「兵たちに知らせよ。城壁の損傷部位を補強しつつ、迎撃の準備を整えろ。焦るな、奴らが深入りしたところを叩く」
ビンセントは静かに頷き、アーロンは薄く微笑みながら、指示を伝えるために駆けていった。
その様子を戦場の一角から見つめる影があった。
オーガスト・ドレット伯爵。
赤毛をかき上げ、豪快な笑顔を浮かべながらも、彼の目は冷静に戦況を計算している。親ジェームズ派である彼は、裏切りの瞬間を見極めようとしていた。
「リチャードめ、まるで力任せに門を叩く無能で野蛮な獣のようだ。しかし、ここで動くのはまだ早い」
再び投石車が唸りを上げ、巨大な岩が城壁へと飛ぶ。その軌跡はまるで運命の天秤の錘のように、どちらの勝敗を傾けるのかもわからない。
オーガストは密かに手を握りしめ、心の中でその時を待っていた。




