33-2 思いがけない一日 2
賑やかな市場を歩くイザベラとあやめ。庶民の暮らしに触れた前回の訪問が思いのほか楽しかったため、イザベラは別の日に改めて市場を訪れることにした。
新鮮な果物や珍しい香辛料が並ぶ露店を見て回っていると、ひときわ華やかな衣装を着た美男子が近づいてくる。
「おや、あなたのような美しい花が、この市場に咲いているとは。どこのお嬢様かな?」
男は軽く金髪をかき上げながら、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
イザベラは一瞬、めんどくさそうに相手を流そうとするが、男はしつこく食い下がる。
「あなたほどの女性を見逃すなんて、貴族の名が廃るというものだよ」
「……じゃあ、あなたは貴族なの?」
そう聞いた途端、男は得意げに胸を張る。
「もちろんさ。私は伯爵家の三男、エドワード・マクシミリアン。この国の社交界ではちょっとした名士でね。もしよかったら、今度の舞踏会に招待させてもらえないかな?」
イザベラは内心で呆れながら、ちらりとあやめを見る。彼女は小声で耳打ちした。
「あれはマクシミリアン伯爵家の三男、女遊びが酷くて有名な方です。貴族のご令嬢方の間でも評判が悪いとか……」
イザベラは思わずため息をつき、男の手を軽く払った。
「私がどこの誰かも知らずに口説くなんて、ずいぶん軽いのね。」
エドワードは怯みながらも、なおも食い下がろうとする。しかし、その瞬間、静かながらも威圧感のある声が背後から響いた。
「ほう……その“名士”とやらが、私の婚約者を口説くとはな」
振り向けば、そこには腕を組んだルーク・ベルシオン王が立っていた。冷たい笑みを浮かべた彼の姿に、エドワードの顔が見る見る青ざめる。
「へ、陛下……!?」
彼は慌てて数歩後ずさり、ぎこちなく頭を下げると、逃げるように市場の人混みに消えていった。
ルークはため息をつきながらイザベラを見つめる。
「……まったく、放っておくとすぐに妙な男に言い寄られるな」
「私が魅力的だから仕方ないでしょう?」
軽く挑戦的な笑みを向けるイザベラに、ルークは苦笑しながら彼女の手を取る。
「なら、今後は市場に来るときも、私を同伴させろ。そうすれば、余計な虫は寄ってこない」
「ふふ、それでは庶民の楽しみが半減してしまうわ」
「この手を離すつもりはないからな?」
イザベラは苦笑しながらも、ルークの手を払うことはしなかった。
その後、二人は市場を散策しながら、屋台で食べ歩きを楽しんだ。
「これはどうだ?」
ルークが焼きたてのスパイスの効いた串焼きを手に取り、イザベラに差し出す。
「……辛すぎないかしら?」
「君の舌に合うか、試してみるといい」
半信半疑でひとくち齧ると、スパイスの香りと肉の旨味が口いっぱいに広がった。ピリッとした辛さの後に、じんわりとした甘みが感じられる。
「……意外と美味しいわ」
イザベラが満足そうに微笑むと、ルークは満足げに頷いた。
さらに二人は屋台のくじ引きに挑戦した。ルークが試しに引くと、見事に最上級の装飾が施された髪飾りが当たる。
「ほう、これはなかなかいいな」
「あなた、運がいいのね」
「違う。これは君のために当てたんだ」
ルークはイザベラの髪にそっと飾りをつけ、満足そうに微笑んだ。
「似合っている。やはり、君には美しいものがふさわしいな」
イザベラは頬を少し赤らめながら、そっぽを向いた。
「また口説いて……」
「事実を言っているだけだ」
ルークは楽しそうに微笑みながら、彼女の手を取り、そっと指を絡めた。
「こうして君と過ごす時間が何よりも楽しい」
賑やかな市場の中、二人はまるで普通の恋人のように、穏やかで楽しい時間を過ごしていった。
じゃれ合うような二人のやり取りに、あやめは密かにため息をついた。




