31-1 『復讐の転生腹黒令嬢』王宮の夜──策謀の帳が下りる時1
『王宮の夜──策謀の帳が下りる時 1』
煌びやかなパーティーの喧騒を抜け出し、イザベラは静かな自室へと戻った。華やかなドレスの裾を引きながら、ようやく落ち着いた表情を見せる。
「ふう……やっと解放されたわ」
柔らかな灯りがともる部屋の中で、すでに待機していたあやめとセバス(小太郎)が彼女を迎える。
「ご無事で何よりです、イザベラ様」
あやめはいつもの沈着な表情で、そっと銀の盆を差し出した。その上には温かいハーブティーが湯気を立てている。
「お疲れでございましょう? まずは一息つかれてください」
「ありがとう、あやめ……本当に疲れたわ」
イザベラはティーカップを受け取り、ゆっくりと喉を潤した。心地よい香りが、先ほどまでの喧騒を和らげてくれるようだった。
一方、部屋の片隅に控えていたセバス(小太郎)は、いつもの冷静な表情で主を見つめていた。
「お疲れ様です、お嬢様。しかし、こうして貴族たちに囲まれるのも慣れたものですね」
「慣れたくもないけどね……」
イザベラは苦笑しながら、ソファに腰を下ろした。
「ルークったら、あんなに堂々と『未来の王妃』なんて言うのだから……」
「相変わらず押しが強い方ですね、陛下は」
あやめが目を細める。
「冗談ではないわ。本気であのまま結婚まで押し切るつもりよ」
「ほう……それはそれで面白い展開ですね」
セバス(小太郎)は冷静な口調で言った。
「面白くないわよ。私は『条件』を達成するまでは認めるつもりはないのだから」
イザベラの言う『条件』──それは、スピネル王国の征服。
「しかし、陛下は前倒ししようとしているようでしたが?」
「あれは誤魔化しているだけよ。本音ではスピネル王国を攻略することの難しさを理解している。今は私の教えた通りジェームズ派とリチャード派の対立を利用しようとしているみたいだけど……」
「陛下がこのまま漁夫の利を狙うとして……イザベラ様としては、スピネル王国をどう動かすおつもりですか?」
「今のところ、ルークの計画を見守るしかないわ。でも、もしこのまま内乱が発生しないのなら、直接的な介入も考える必要があるかもね」
ハーブティーを口に運びながら、イザベラはスピネル王国の情勢を思い浮かべる。
でも……もし万が一、ルークが敗れることがあったら?
一瞬、胸の奥が冷えた。
しかし、すぐにかぶりを振る。
そんなことがあるはずがない。ルークは決して負けるような男じゃない……それに、私がいる。私が策を授け、小太郎やあやめも動く。必ず勝てるはず。
室内の灯りが静かに揺れ、イザベラの思案する顔を照らしていた。先ほどまでの喧騒とは対照的に、夜の帳が下りた宮殿の一室には、冷静な空気が漂っていた。
「さて……スピネル王国をどう動かすか、ね」
イザベラはゆっくりと微笑みながら、ティーカップを手に取った。その対面で、セバス(小太郎)が静かに視線を上げる。
「お嬢様、現状で陛下が狙うのは"スピネル王国の内乱を利用する"ことでしたね」
「ええ。でも、それだけで本当にスピネル王国を手に入れられるのかしら?」
「単純な話ではありませんが、不可能ではないでしょう」
セバスは静かに言葉を続ける。
「現在のスピネル王国の勢力図を整理すれば、王党派とジェームズ派が対立し、その間で各貴族が様々な思惑を抱えています」
イザベラは少し考え、頷いた。
「リチャード王は享楽に溺れ、統治能力はほぼ皆無。軍事を担っているのはネルソン・スカバル公爵だけど、彼は信念があるというより現実主義者……ジェームズの方は、確かに野心はあるけれど、決定打に欠けるわね」
「その通りです。そして、ジェームズ側にはビンセント・スプラス侯爵やアーロン・フレミング侯爵がついていますが、どちらも長期的に信用できる相手ではない」
「特にアーロンはね……彼は自分の利益が最優先。ジェームズが追い詰められれば、すぐに裏切るわ」
「その点、オーガスト・ドレット伯爵とベンジャミン・グレン伯爵は比較的慎重な立場を取っている。どちらも"勝ち馬に乗る"ことを優先し、今はどちらの派閥にも決定的には加担していません」
イザベラは指を組みながら、冷静に分析を続けた。
その頃、スピネル王宮では……
リチャード王とネルソン・スカバル公爵が軍議を開くと称し、ジェームズとビンセントを呼び寄せる計画を進めていた。




