30 王宮の夜会──王が誇る 「忠臣と未来の王妃」
王宮の夜会──王が誇る「忠臣と未来の王妃」
豪奢なシャンデリアが天井から燦然と輝き、無数の燭台がまるで夜空の星のごとく煌めく。大理石の床には光が反射し、華やかな色とりどりのドレスと軍服が優雅な波のように揺れ、会場を彩っていた。シャンパンが注がれるたびにグラスの縁が澄んだ音を奏で、上質な香水と美食の甘美な香りが、夜会にふさわしい妖艶な空気を作り上げる。
その華やかな宴の中心に、誰の目も奪う一際際立つ二つの存在があった。
ルーク・ベルシオン王──漆黒の髪と深紅の軍服が王たる威厳を放ち、その腕を取る女性は、見る者すべての息を止めるほどの美貌をたたえていた。
イザベラ・ルードイッヒ──いや、ルークにとっては、"未来の王妃"。
「諸君!」
ルークが広間の中央で一歩前に出る。その声音は朗々と響き渡り、ざわめいていた会場が一瞬にして静寂に包まれた。無数の視線が彼の手を取るイザベラへと注がれる。
「今日は特別な夜だ。皆、聞いてくれ。この麗しき淑女、イザベラ・ルードイッヒこそ……私が心から愛し、未来の王妃と迎えたい女性である!」
会場に驚きの波紋が広がった。
「まあ……! グランクラネルの真珠では……!」
「陛下がここまでおっしゃるとは……!」
「お美しい……これほどの方が王妃になられるとは、ベルシオン王国も安泰ですな!」
歓声ともため息ともつかぬ声が貴族たちの間に広がり、興奮と驚嘆が渦巻いていた。
会場の隅では、カーネシアン出身の四人の貴族たち──ウイリアム侯爵、オリボ伯爵、カッパー侯爵、ユーロ公爵が静かに見守っていた。
「なるほど……陛下の本気度が伝わってきますな」
ウイリアム侯爵が低く呟く。その精悍な顔立ちに、一瞬感慨深げな色が滲む。
「これは興味深い。ルードイッヒ嬢がどのように応じるか、見物ですな」
オリボ伯爵は唇の端を上げる。彼の狡猾な目が、会場の雰囲気を鋭く観察していた。
「ふん、陛下らしいではないか! だが、さすがにこれだけの貴族の前で発表されたら、逃げ場はないな」
カッパー侯爵が豪快に笑う。その金髪の口ひげが震えるほどの大きな笑いだった。
「……戦よりも、こういう場のほうが怖い」
ユーロ公爵は静かにワインを口にしながら、ぼそりと漏らす。彼の銀髪が燭光を反射し、冷ややかな視線の奥にはどこか同情めいた色さえ浮かんでいた。
そんな中、貴族たちが次々とイザベラに歩み寄り、賛辞を惜しみなく送る。
「ルードイッヒ令嬢、お初にお目にかかります。私はマルク公爵です。陛下がこれほどご執心とは……実に素晴らしい!」
「いやいや、あの冷静沈着な陛下をここまで虜にするとは……」
「いやはや、まるで運命のようですな!」
(……うん、やっぱりこうなるわよね)
新たに加わった四人の貴族も揃ってイザベラのもとに歩み寄り、恭しく礼を取った。
「ルードイッヒ嬢、お目にかかれて光栄です」
最初に口を開いたのはウイリアム侯爵。彼の鋭い眼差しはまるで戦場で敵を測るように厳格だったが、その声には静かな敬意が滲んでいた。
「陛下がここまで熱烈に想いを寄せられるのも、納得の麗しさですな」
オリボ伯爵がにこやかに続く。
「しかも聡明であられると聞き及んでおります。我々カーネシアンの者も、ぜひルードイッヒ嬢のお力を借りたいものですな」
「いやはや、王妃としてこれ以上ふさわしい方はいないでしょうな!」
カッパー侯爵が満足げに頷き、力強く言う。
最後にユーロ公爵が静かに微笑みながら、淡々とした声で言った。
「……まさしく、王国の未来にとって重要な方になられるでしょう。お慕い申し上げます」
(なんなの、この持ち上げっぷりは……)
イザベラは内心でため息をつきながらも、にこやかに礼を返す。貴族たちの褒め言葉は本気半分、社交辞令半分といったところだろう。だが、それにしても畳みかけるように褒められると、さすがに圧倒される。
──何より、隣のルークが誇らしげにしているのが気に食わない。
彼は満足そうに微笑み、イザベラの手をそっと包み込んだ。
「さあ、イザベラ。今宵はお前が主役だ」
「……勝手に決めないでちょうだい」
そう言いながらも、イザベラの頬にほんのりとした熱が昇る。
「どうした、イザベラ? そんなに褒められて照れているのか?」
「陛下、もう少し控えめにしていただけると助かるのですが?」
「遠慮することはない。あなたはもっと褒められて然るべきだ」
「……はあ」
この調子では逃げ場はなさそうだ。
そんな中、演奏隊が舞踏曲を奏で始める。
「おお、ダンスが始まるようだな」
ルークがイザベラの手を取る。
「光栄だな。私の最愛の女性と、最初のダンスを踊れるとは」
仕方ないわね……
イザベラはため息をつきつつも、手を預ける。
ルークの手は温かく、しっかりとした強さがある。軽やかな音楽に合わせて、彼は優雅にステップを踏み出した。
「……あなたと踊るのは心地いいな」
当然でしょう。王宮の舞踏会は散々経験しているもの。ダンスも完璧よ!
「うふふ・・・・・・」
「そうだな。ただ……私としては、もっと別の理由で心地いいのかもしれない」
「……また口説こうとしているの?」
「自然にそうなるんだ」
イザベラは呆れたように笑いながらも、ルークの手に引かれ、滑るように踊る。
二人を見つめるウイリアム侯爵は静かに頷き、グラスを傾ける。
「見事な舞ですな」
オリボ伯爵は面白そうに目を細める。
「さて、イザベラ嬢がこのまま流されるのか、それとも……?」
カッパー侯爵はにやりと笑う。
「賭けるか? 俺は陛下が押し切るに一票だ」
ユーロ公爵は静かに首を振った。
「戦よりも、こういう場のほうが、やはり怖い……」
そんな貴族たちの静かな会話をよそに、イザベラは微笑を浮かべながらルークの目を見た。
「陛下?」
「なんだ?」
「……あまり調子に乗らないでくださいね?」
「ん? 何か裏があるのか?」
「さあ、どうかしら?」
ルークは彼女の笑みを見て、どこか引っかかるものを感じたが、それ以上は問わなかった。
イザベラは微笑を浮かべながらルークの目を見て釘をさす。
「陛下?」
「なんだ?」
「スピネル王国を征服しなければ、結婚の話はなしですからね?」
その言葉に、ルークの足が一瞬止まりかけた。
「……イザベラ、ここでそれを言うか?」
「ええ、もちろん」
イザベラは優雅に微笑みながら、リードを奪い取るようにステップを踏んだ。
ルークは内心でため息をつきながら、手を握る力を強める。
(くそ……なんとか前倒しにできないものか……)
そんなことを考えながらも、二人のダンスはなおも美しく続いていた。




