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29 結婚の条件再確認      

 結婚の条件、再確認


 パーティー会場へ向かう長い廊下。そこには、歩くたびに揺れる優雅なドレスの裾と、それに寄り添う王の影があった。


「ルーク様」


 イザベラは立ち止まり、じっと彼を見上げる。


「ん?  なんですか? イザベラ」


「ルーク様。あなた、最近ずっと結婚の話をしてますけど……私の条件、忘れていませんよね?」


「……条件?」


 ルークはとぼけた顔をしてみせる。


 だが、その瞬間、イザベラの鋭い目が彼を射抜いた。


「スピネル王国の征服の件……」


 その言葉に、ルークの表情が一瞬で険しくなる。


「……ふむ」


 彼は腕を組み、少し考え込むように天井を見上げた。


「難しいのはわかってます。でも、それが私の条件。忘れてはいないですよね?」


「もちろん覚えているとも。だがな……」


 ルークはゆっくりと歩み寄り、イザベラの腰に軽く手を添える。


「そんなに待たずとも、あなたはもう私のものになっていいんじゃないですか?」


「は?」


「征服というものは、時間がかかるものなのです。私は今、着実にスピネル王国に工作を仕掛けています。あなたの言ったとおり、リチャード王派とジェームズ派の対立を煽り、内部分裂を起こさせている最中です」


「へえー。それで?」


「つまり、もはや勝利は時間の問題です。ならば、条件達成前に結婚してしまうのもアリではないですか?」


「却下ですね」


 イザベラは即答した。


「なぜですか!?  もう勝利は確実なのに」


「『確実』と『完了』は違います。それに、あなたがどれだけ優れた戦略家でも、まだスピネル王国は健在なんです」


「むう……」


 ルークは顔をしかめる。


「まったく、わたしの愛がどれほど強いか、まだわかっていないようですね。待ちきれないのですよ、イザベラ」


「分らなくはないけれど……。でも、私も妥協するつもりはありません」


 イザベラはルークの腕を振り払い、堂々とした足取りで歩き出す。


「ふむ……ならば、こうしよう」


 ルークはニヤリと笑いながら追いかける。


「スピネル王国の征服を早めるため、さらに工作を加速させます。そして、その間にわたしがどれだけあなたを愛しているかを証明してみせる」


「それを証明するために、スピネル王国を征服して安全な暮らしを保証して欲しいのに……」


 イザベラは肩をすくめるが、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。


 ルークは不満げに唇を尖らせたが、その表情がふと引き締まり、何かに気づいたように目を細める。


「待てよ……」


 彼は立ち止まり、手を顎に添えて考え込むような素振りを見せた。そして、次の瞬間、何かを思いついたかのように、鮮やかに微笑む。


「イザベラ、ならば婚約してくれ」


「……え?」


 耳を疑った。聞き間違いではないかと、一瞬本気で考えた。しかし、ルークの表情は真剣そのもので、その黒曜の瞳は彼女をじっと見つめている。イザベラの脳内に、まるで水面に落ちた石が波紋を広げるように、戸惑いがじわじわと広がっていった。


「待ってください。今、何て……?」


「婚約しようと言ったのです」


 ルークは微笑を浮かべながら、まるで日常会話でもするかのようにさらりと言い放った。その声音は軽やかで、けれどどこか確固たる意志が滲んでいる。イザベラは息を呑み、思わず彼を睨みつけた。


「……ルーク様、あなた、私の条件をまだクリアしていませんよね?」


「条件を完全に達成するのを待っていたら、私はこの先ずっと独身かもしれません」


「そんな弱気なことを…………」


「だからこそ、今こうして提案しているのです」


 ルークは堂々とした態度で言い切ると、静かにイザベラの手を取った。伝わってきていた会場の喧騒が、その瞬間だけがやけに静かに感じられた。彼の温かな手のひらが、自身の手を包み込んでいる感触が、嫌でも意識に残る。


「イザベラ、私がどれほどあなたを愛しているか、もう十分に伝わっているはずです。あなたを私の妃として迎えたい。それは揺るぎない想いなのです」


 イザベラは唇を噛んだ。今まで彼からの求婚を冗談半分で流してきたが、今も彼は本気だった。いや、今こそ本気だった。瞳の奥に燃える情熱は、まるで夜空に輝く星のように強く、決して揺るがない光を放っていた。


「……けれど、まだスピネル王国の件が終わっていません」


「それでも、私は待ちきれないのです」


 ルークは優しく、しかし確かな力を込めて、イザベラの指を握る。まるで、逃がさないと言わんばかりに。イザベラの胸が、かすかに震えた。


「あなたは聡明で、誇り高く、そして強い女性だ。だからこそ、私はあなたをこの手で掴みたい」


「……」


 イザベラは視線を逸らした。心の奥がざわつく。この男は、本当に彼女を手に入れようとする度に、何かしらの無理難題を押し通そうとする。しかし、それが彼の本質であり、彼の王としての在り方でもあった。


(……この人は、本当に手段を選ばないわね)


 彼の言葉に押し切られそうになる自分に、わずかに苛立ちを覚えながらも、同時に胸の奥に得体の知れない温かさが灯るのを感じてしまう。認めたくはないが、彼の情熱に、少しずつ心が揺さぶられているのかもしれない。


「……すぐには返事をしません」


 意を決して、イザベラは言った。


「私はまだあなたの手の中には落ちませんよ、ルーク様」


 ルークは微笑を深めた。そして、その黒曜石の瞳を細めながら、まるで狩人が獲物を捕える前に楽しむかのような表情を浮かべる。


「ならば、もっと本気で口説くまでですね」


「……好きにすればいいです」


 イザベラはそっぽを向いてしまったが、頬の端がほんのわずかに赤く染まっていることに、ルークは気付いていた。


(やれやれ……これは長期戦になりそうだな)


 そう思いながらも、彼の心は不思議と弾んでいた。どんなに困難でも、彼女を振り向かせることこそが、彼にとって最大の戦となるのだから。


 会場の華やかな音楽が再び耳に届く中、二人の駆け引きはまだ続く。


 そして、そんな二人のやり取りを横目に見ながら、付き従っていたあやめは心の中で苦笑していた。


(……陛下、また無理難題を押し通そうとしてるわね。でも、お嬢様もまんざらじゃない様子だし……これはこれで面白いわ)


 こうして、二人は華やかに彩られたパーティー会場へと足を踏み入れるのだった——。






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