表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/88

28  待ちきれない王の猛アタック  

 パーティーの開始時刻が迫る中、イザベラの部屋の前には、すでに一人の男が待ち構えていた。


「まだか……?」


 焦燥に駆られたルークは、廊下を行ったり来たりしながら苛立たしげに靴音を響かせる。彼の鋭い黒曜石の瞳は、まるで獲物を待ち受ける猛禽のように扉を凝視していた。待つことが苦手な王にとって、この時間は拷問にも等しい。


 ルーク・ベルシオン王は、逡巡するように腕を組みながら扉を見つめる。何度もノックしようとするが、扉の向こうから聞こえる女性たちの華やいだ笑い声と、衣擦れの音に思いとどまる。その一つ一つが、彼の焦りを一層募らせた。


 しかし、彼は待てる男ではない。


 ガチャッ!


 意を決したように扉を開けると——


「きゃあっ!? 陛下!? ちょっと待ってください、まだ準備中です!」


 部屋の中央では、あやめが必死にイザベラのドレスの裾を整えていた。その視線の先、鏡の前に立つイザベラの姿に、ルークの世界が一瞬にして塗り替えられる。


 真紅のドレスが波のように優美に揺れ、繊細な金刺繍が灯火に照らされてきらめく。彼女の肌は月光のように白く、きっちりと編み上げられた金の髪がその気高さを際立たせていた。美しい。あまりにも——。


「おお……」


 ルークの息が詰まる。心臓が一瞬跳ね上がったような感覚に襲われる。


 彼の視線は、金の髪から滑るように鎖骨、ドレスの緻密な刺繍へと移り、やがてその凛とした瞳と絡み合う。すべてが完璧だった。


 ずいっ


 無言のまま、ルークはイザベラへと歩を進める。


 イザベラは戦慄した。彼の目が、あまりにも真剣で、深く、熱を帯びている。じわじわと迫る彼に、思わず後ずさるが——


 背後に椅子がある。逃げ場はない。


「……美しい」


 低く響いたその声は、驚くほど真剣だった。まるで宝石を愛でるような、いや、それ以上の敬意と渇望が滲んでいる。


 ルークはそっとイザベラの手を取る。大きく温かな手が、指先からゆっくりと熱を伝えてくる。


「あなたがどんな衣装を着ても魅力的なのは知っている。だが、今日の姿は——格別だな」


「べ、別に特別なことはないわ。ただのパーティードレスよ」


「いや、違うな。この美しさは、まるで——」


 ルークの口元が妖しく微笑む。その瞳が狡猾に細められ、まるで一瞬先の動きを読んでいるようだった。


「——花嫁のようだ」


「!!」


 イザベラの顔が瞬時に染まる。熱い。心臓が痛いほど早鐘を打つ。


「な、何を言ってるのよ! これはただのドレスで、花嫁衣装とは関係ないわ!」


「関係はなくない。こんなにも美しく、わたしの隣に立つのがふさわしいあなたを見れば……早く正式に迎え入れたくなる」


 ルークの腕がするりと伸び、イザベラの腰を包み込むように引き寄せる。


「ちょ、待って、あやめがいるでしょ!」


「いませんよ!」


 さっきまでいたはずのあやめが、いつの間にか気配を消していた。


 実はこっそりカーテンの影から覗いていたあやめは、密かにガッツポーズを取る。


「くっ……あやめのくせに気が利くんだから!」


 イザベラが顔を覆う。その仕草さえも可憐で、ルークは目を細める。


 彼は、さらに距離を詰めた。


「イザベラ、今夜のパーティーが終わったら、わたしとふたりで過ごさないか?」


「ダメよ!」


「なぜだ?」


「そもそも今日はパーティーが主役でしょ? あなたに付き合っていたら、どこかに連れ去られそうだもの」


「……さすが、わたしのことをよくわかっているな」


 何度拒まれようと、ルークの決意は揺るがない。むしろ、そのたびに彼の狩人の本能が研ぎ澄まされる。


 ルークは心底残念そうにため息をつく。だが、その漆黒の瞳は揺らがない。


「だがな、イザベラ。今日こそ、わたしは諦めんぞ」


 その言葉とともに、ルークは彼女の手の甲にそっと口づけを落とす。


 その仕草は、まるで彼女の心に刻み込もうとするかのように、ゆっくりと、丁寧に。


「パーティーの間も、あなたから目を離すつもりはないからな」


「……好きにしなさい」


 ルークの執拗さに呆れつつも、その真っ直ぐな想いが心の奥をくすぐる。


 イザベラはため息をつきながらも、ほんの少しだけ微笑んだ。


 そして、いよいよ華やかな夜の幕が上がる——。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ