表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/88

25ー1 カーネシアン戦んの後で     

 

 ルークは王座の横に置かれた机の上で、一通の書状を手に取った。灯された燭台の炎が、羊皮紙の端を揺らしながら照らしている。丁寧な筆跡で書かれた文面をざっと目で追い、軽く指先で紙を弾いた。


「カーネシアンポリスで、旧カーネシアン領の統治にあたっているケインズから書状が届いている。統治の方は上手くいっておるようだぞ」


 ルークの落ち着いた声が、広々とした執務室に響く。


「ケインズも早く王都に帰って来たいでしょうな」


 ガリオンが静かに笑いながら応じた。その言葉には、遠く離れた友への思いやりが滲んでいる。ルークとガリオンは互いに視線を交わし、ふと同じ方向を見た。窓の向こうに広がる王都の景色のどこかに、ケインズも思いを馳せているかもしれない。彼の奮闘を思い、二人はわずかに微笑み合った。


 カーネシアンを併呑したことで、ベルシオン王国の版図は一気に広がった。それに伴い、直轄地が増え、新たな統治体制の整備が急務となっていた。多くの文官が各地に派遣され、その全体を統括する役割を、ケインズが担っている。

 彼は武官としての優れた指揮能力を持つ一方で、文官としての知略にも長けていた。ルークにとって、信頼に足る人物である。


 いずれは部下に仕事を任せ、王都に戻ることになるだろう。しかし今は、新体制の基盤を築くため、膨大な業務に追われているはずだ。戦場では武官の働きが目立つが、戦後の安定には文官の力が不可欠だった。


「ガリオンの方は順調なのか?」


 ルークは視線を上げ、目の前の戦友へ問いかけた。


「直轄軍の編成には、副官のアレン子爵、バートランド子爵、グレン男爵、アダムス子爵らに任せておりますので問題ありません。特にアレンとバートランドは、そろそろ将軍に任じ、一軍を率いさせてもよろしいかと」


「兵も増えたことだろうから、カーネシアンで集めた兵を基に、新たな軍を組織するのが効率的だな」

 ルークは顎に手を当て、思案するように目を細める。蝋燭の炎がその顔に影を作った。


「ケインズに伝えて、アレンとバートランドにそれぞれ千の兵を組織させよう」


「承知しました。今までアレンとバートランドに預けていた兵たちは、グレンとアダムスに引き継がせ、それぞれに副官を配置します。そして、アレンとバートランドをカーネシアンポリスに派遣しましょう」


「うむ。それでは早々に二人を将軍に格上げする。ハワード、任命書を用意しろ」


「は」


 室内の隅に控えていたハワードが、静かに一歩前に出る。ケインズの副官であり、現在はルークの側近を務めるこの男は、すでに必要な書類を準備し始めていた。熟練の筆捌きで、すらすらと羊皮紙に文字を綴り、最後に封蝋を施すと、ルークの前に差し出した。


「こちらに署名と判をお願いいたします。それから、そろそろ貴族たちとの謁見の時間でございます。謁見の間へ移動をお願いいたします」


「そうか」


 ルークは手早く署名を済ませ、銀製の判を押すと、静かに息を吐いた。重厚な印が鮮やかに刻まれる。ケインズのいない王都は、どこか物足りなさを感じさせた。彼が統治する旧カーネシアン領は順調なようだが、長く王都を離れていることで、本人も内心では戻りたいと思っているのではないか。そんなことを考えながら、ルークは書類を閉じた。


 ガリオンはルークの表情を見て、くっと口元を緩めた。


「ケインズがいれば、こういう時にさっさと話をまとめてくれるんでしょうが」


「……そうだな。あいつの文官としての腕は、ベルシオンでも随一だ。だからこそ、カーネシアン統治を任せている」


「ええ、もちろんです。しかし、あの男ならきっと『王都の空気を吸いたい』なんて、ぼやいていそうですね」


 ガリオンの言葉にルークも小さく笑った。ケインズなら、忙しさの中でそんな冗談の一つでも言いそうだ。


 その時、ハワードが一歩進み出て、恭しく頭を下げた。


「陛下、そろそろ貴族たちとの謁見の時間です。謁見の間へと移動をお願いいたします」


「わかった」


 ルークは立ち上がり、ガリオンと共に歩き出した。玉座の間へ続く回廊を進むにつれ、彼の表情は徐々に王のものへと引き締まっていく。扉の向こうには、ベルシオンの未来を左右する貴族たちが待っているのだ。


「さて、今日も面倒な駆け引きが待っているな」


 ガリオンが軽く肩をすくめると、ルークはちらりと彼を見て微笑した。


「駆け引きを楽しむくらいの余裕がなければ、王なんて務まらんぞ」


「それは陛下だから言えることで」


「お前もそろそろ慣れろ。まだまだ俺に手伝ってもらうことは多いからな」


「……畏れながら、覚悟しておきます」


 軽口を交わしながらも、二人の歩みは決して緩まない。やがて、重厚な扉が開かれ、謁見の間へと足を踏み入れる。そこには、期待と野心を抱いた貴族たちが一斉に視線を向けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ