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23-1 策謀の幕開け――ジェームズ召喚計画    

 スピネル王国王都カーターズポリス。そびえ立つ城壁は、長年にわたりこの都市を外敵から守ってきた。城壁に囲まれた王都は、まるで鋼鉄の要塞のごとく、王城を中心に広がる大都市を包み込んでいる。八つの尖塔が鋭く天を突き、そこから見下ろす街並みは、かつての繁栄の名残を残しながらも、戦の影に怯えるかのように静まり返っていた。


 王城の一室では、重苦しい沈黙の中、二人の男が向き合っていた。


「……さて、どうしたものかな?」


 リチャード王の声は低く、疲れを滲ませていた。


「まったく、困った風評が流れているものです」


 その言葉を受け、王は深く溜息をついた。


「やはりこう敗戦続きでは、王の威厳も色褪せると言うものか……」


 苦渋に満ちた表情を浮かべながら、リチャードは椅子の肘掛けを握りしめた。その指先がわずかに震えているのを、目の前に立つ男は見逃さなかった。


「王よ。敗戦の責任は、王には一つもござりません。ひとえに臣下たる我らの力不足。何よりジェームズ一派の協力的でない態度が、大きな要因でありましょう」


 沈痛な面持ちで王を慰めるのは、叔父であり、宰相でもあるネルソン・スカバル公爵だ。


「おそらく、市中であらぬ風評を流しているのはジェームズ一派に違いないのです」


 リチャードは頭を抱えていたが、その言葉にゆっくりと顔を上げた。


「なんだと! それは本当か?」


 その瞳に宿るのは、疑念と怒りの入り混じった光。しかし、真実は違う。王の名誉を貶めているのは、ジェームズではなく、小太郎率いる『嵐雲党』の仕業であった。ネルソンの発言は単なる邪推に過ぎなかったのだ。


「思うに、ジェームズ一派はまだ王位を諦めておらず、リチャード様を追い落とすつもりなのでしょう」


「うむ……ありえることだな」


 リチャードの声には、わずかに迷いが滲んでいた。ジェームズは確かに、自分こそが王にふさわしいと公言して憚らない男だ。だが、一度はリチャードの即位を受け入れ、王城にも顔を出していたし、ベルシオン王国への出兵も行っている。たとえ送り出したのが、実戦では役に立たない老人兵であったとしても。


「最近、王城内でジェームズとビンセント侯爵を見かけなくなったとの報告がございます。領地に戻り、出兵の準備をしている可能性も否定できません」


「ジェームズとビンセントに出仕するよう使いを出せ。やましいことがなければ、現れるだろう」


「どのような理由で呼び寄せますか?」


「うーむ……そうだな……」


 リチャードは腕を組み、しばし考え込んだ。単に嫌疑を晴らすための召喚であるならば、「疑っているから説明せよ」と伝えるのが筋だ。しかし、それではあまりにも露骨であり、相手に警戒を与えかねない。


「何か良い理由はないかな? 叔父上」


 ネルソンもまた、深く考え込んだ。


「…………個人的に呼び出すのは良くないですね。軍議を開くと称して全員を招集し、軍議の後に残るよう促すのは如何でしょうか?」


「軍議はベルシオン王国への出兵を検討するとでも言っておくか」


「それがよろしいでしょう」


 ネルソンは慎重に言葉を選びながら答えた。王の顔には、何かを思いついたかのような色が浮かぶ。


「どうせなら本当に派兵の検討をしてしまうか? ベルシオン王国も戦後、新領の統治に四苦八苦しているだろうし、まだまだ不満分子も多数残っているはずだ。攻めるなら早い方が良い。ジェームズ達の協力が得られれば、今が絶好の機会かもしれぬ」


 この言葉に、ネルソンの表情が曇った。王都に漂う厭戦気分と、それに伴うリチャード批判の声が日に日に増していることを彼は知っている。しかし、リチャード自身は、それほど深刻なものとは認識していないようだった。ただ、不満の声が広がること自体を問題視しているだけに過ぎない。


 ネルソンは一瞬、口を開くのをためらった。リチャードの耳に届く情報を統制してきたのは、他ならぬ自分たちなのだから。今さら、王に真実を知らせるべきか、躊躇するのも無理はない。


 だが、今はベルシオン王国への派兵を考える時ではない。ネルソンはそう確信していた。軍議の招集は良いが、出兵を決定させるわけにはいかない。


「王よ! 今は我が国も、度重なる敗戦で厭戦気分が広がっております。出兵というのはあくまで軍議を開く方便として、決して本気で実行しようなどとなさらぬよう……」


 ネルソンの声には、焦燥が滲んでいた。リチャードは彼の言葉をじっと聞きながら、眉をひそめる。そして、何かを悟ったように小さく頷く。


「……そ、そうか。我が国の兵力は、それほど落ちているのか……」


 ネルソンは安堵の息を漏らしながらも、王の目が未だどこか遠くを見つめていることに、僅かな不安を抱かずにはいられなかった。



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