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21  君をこの手に  

「イザベラ! 入って良いか?」


 ルークの声が響き渡り、ガチャリとドアノブが音を立てる。


「どうぞお入りください」


 ドアが静かに開き、陽光を背にしたルーク国王が立っていた。漆黒の瞳は夜空のように深く、時に燃えるような情熱を宿し、時に底知れぬ冷徹さを滲ませる。彫刻のように整った顔立ちは、王という地位にふさわしい威厳と気高さを漂わせている。


 濡羽色の髪は絹のように滑らかで、光の加減によっては青みを帯びた艶が見え隠れする。その髪が風に揺れるたび、鋭いまなざしがより一層際立ち、王としてのカリスマ性を強調する。




 イザベラの部屋は、優雅な装飾が施された落ち着いた空間だった。大きな窓からは穏やかな午後の陽光が差し込み、白と青を基調としたカーテンがそよ風に揺れている。壁には精巧な刺繍が施されたタペストリーが掛かり、重厚な木製の机には花瓶に活けられた赤い薔薇が優雅に佇んでいた。


 イザベラが入室を許可し、誘うような笑顔を向ける。


 腰まで流れる輝く栗色の髪は、柔らかい波を描き、動くたびにふんわりと揺れる。澄んで煌めくエメラルドグリーンの瞳は深い湖のように澄み、光を受けるたびに宝石のような煌めきを放つ。真珠のようにしっとりと艶めく白い肌は、触れればすぐに消えてしまいそうな儚さを感じさせる。


 豊満な胸元に引き締まった腰、丸みを帯びた女性らしいヒップ、そしてすらりと伸びた優雅な手足は、見る者を魅了する。薄いくちびるとつんとした鼻、切れ長の瞳がわずかに吊り上がっているせいか、冷徹な美貌と誤解されることも多いが、本人は己を情に厚く、慈愛深い人間だと信じて疑わない。


 ルークはすぐに彼女の元へと歩み寄り、優しくその手を取った。


「イザベラ、君に会いたくて仕方がなかった」


 そう言いながら彼はイザベラの指先にそっと口づけ、さらにその手を包み込むように握る。


「一日でも君と会えない日があると、心が乾いてしまいそうだ。どんな戦いよりも、君のいない時間の方が辛い」


「ルーク様……」


 イザベラの頬がわずかに染まる。彼女の背後には、書棚が整然と並び、精巧な細工が施された小さなテーブルには香り高い紅茶のセットが置かれていた。ルークは彼女をまっすぐに見つめ、微笑んだ。


「君の笑顔が、私のすべてを癒してくれる。だから、こうして側にいられることが何より嬉しいんだ」


 イザベラは穏やかに微笑みながら、そっとルークの手を握り返した。


「私も、ルーク様とこうして過ごせる時間が大切ですわ」


 その言葉に満足げに微笑むと、ルークはゆっくりと腰を下ろし、窓の外に目をやった。庭には手入れの行き届いた花々が咲き誇り、遠くには噴水が優雅に水を跳ね上げていた。


「イザベラ! やったよ。カーネシアン王国を併合した。これで、君に相応しい王になれただろう? だから……私の申し出を受けてくれるか?」


 いつの間にかルークはイザベラの前に跪き、その手を取ると優雅に口づける。


 イザベラの頬が薄らと紅潮する。


「カーネシアン王国併合、おめでとうございます。これほど短期間で成し遂げられるとは……流石ですわ」


「ありがとう。君の言った通りだったよ。敵は驚くほどあっさりと降伏を受け入れ、まるで狐につままれたようだった。忍びの小太郎もよく動いてくれたし、これは君の助言あってこそだ」


「そんなことはありませんわ。すべて、ルーク様と皆様のお力です。これで南の脅威は消えましたね」


 イザベラが和やかに微笑むと、ルークも嬉しそうに微笑みながら再び問う。


「これで私と結婚してくれるんだよね?」


 イザベラの視線がわずかに斜め下へと落ちる。その表情は、浮かぬものだった。ルークの顔に、一瞬の不安がよぎる。


 静かな沈黙。部屋の窓から、夕陽が柔らかく差し込んでいる。陽光が赤みを帯び、天井に暖かな光の陰影を描いていた。


「ルーク様。もう一つだけ……いえ、最後のお願いです」


 ルークの眉が動く。イザベラは静かに手を組み、ゆっくりと語り出す。


「北のスピネル王国も、味方につけるか、あるいは……二度と敵にならぬようにしていただきたいのです」


 ルークが理解できないという表情を浮かべたまま、石のように固まった。勝利の余韻が、霧のように薄れていく。イザベラはそんなルークをまっすぐ見つめ、続ける。


「南の脅威は去りましたが、北のスピネル王国からも幾度となく侵攻を受けています。彼らが健在である限り、私たちが安心して眠ることは叶いません。あの国は……」




 イザベラの話は長々と続き、スピネル王国の現状とリチャードとジェームズの確執、それをいかに利用するべきかをとつとつと語り終えると、イザベラを見つめながら黙って話を聞いていたルークの顔に決意がみなぎる。




「分かった。今がその時だと言いたいんだね」




 イザベラが静かに頷く。




「小太郎達にスピネル国内に噂を流させますわ。少ししたら動揺したジェームズから秘密裏に使者か手紙が来るでしょう。ジェームズを味方に付け、この国に何度も攻め込んで来たリチャード王を除くのです。スピネル王国を併呑してしまえれば最良ですが、半分をジェームズに任せても彼との間に良好な関係を構築できるのなら良いのです」




「それでは、私は軍の強化に努めよう。いつでも出陣できるように武器や兵糧も買い足しておかねばなるまい。この際、一気に周囲から攻め込まれる心配をなくすのだ。スピネル王国を上手く処理できたら今度こそ、『うん』と言ってくれるよね」




 ルークはイザベラの説明で、長年続けられる侵略戦争に終止符を打つ時が来ていると気がついた。それはベルシオン王国の民全すべてが望んでいることでもある。そしてそのことを気付かせてくれたイザベラへの想いを更に強くする。




「そうですね。その時は喜んでお受け致しますわ」




 イザベラは念を押すようなルークの問いに、内なる葛藤を気付かれぬように表面上は和かに笑って答えた。ルークに会う度に、ぶつけられる彼の熱意に、やや気圧されながらも少しづつルークに惹かれ出している自分がいることを、イザベラはなんとなく感じ始めている。だが生来の、前世からの負けん気がその存在を拒絶していた。




 これは、あくまでも政略的なもの。貴族の結婚は政略結婚であるべきで、それが自分と自分の配下、一族郎党の繁栄ためであって自分個人の好き嫌いでどうこうするべきものではないのだ。




 冷静にリスクとベネフィットと計算して、自分の夫として相応しいかを判断する。




 失った大国グランクラネル王国王太子妃の立ち位置と、小国ベルシオン王国王妃としての立ち位置とを比べ、現状の逃亡者としての立ち位置と比べる。そして十分に優良物件だと結論付け、自分がルークに負けた訳ではないと言い聞かせる。感情に流された判断ではなく、これは自分達のためになる判断なのだと割り切る。




「その言葉、もう撤回は許さないよ」




「はい。決して取り消したり致しません」




 ルークはイザベラの返事を聞いて、にっこりと笑った。そして表情を真剣なものに変える。


 スピネル王国はベルシオン王国の北に位置する小国だがその規模はカーネシアン王国を併合する前のベルシオン王国よりやや大きく併合後よりやや小さい。


 過去攻め寄せてきたスピネル王国軍は兵数にして約8000程度である。ベルシオン王国も兵力が十分に回復すれば11000ほど集まるだろうが、戦後間もない、元カーネシアン領の兵が少ない今集まる兵数は、おそらく8000あれば良い方かもしれない。戦いになれば質はともあれ兵数的には互角である。




 旧カーネシアン領の統治と復興を急がねばならないなと考えながら、忍びの働きで本当にリチャード王とジェームズが内戦を起こすのだろうかと疑念を持つ。もし起きなければスピネル王国に戦いを挑むのは無理筋というものだ。




 ルークの表情を読んでイザベラは、くすりとわらいながらが続ける。




「小太郎達は優秀ですから、きっと仲違いを始めますよ。ルーク様は安心して国内の戦後復興と富国強兵を推し進めていてください」




「分かった。やはり軍を支える経済力というのは大切だからな」




 ルークは大いに納得した。




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