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17 カーネシアン王国制圧作戦   

「また軍議の間に参集させられるとはどういう事だ。何か起こったのか? ケインズは何か聞いてないか?」


「いや、何も聞いていないな。カーネシアン王国との戦いは区切りがついたし、今度はペルシアン王国でも動いたか?」


「ペルシアン王国に動きはないはずだぞ」


 ガリオンとケインズの疑問にケント・クラネル公爵が答えにならない答えをする。ベルク・クレス侯爵も頷いた。


 重厚な扉が軋む音を立てて開かれ、ルーク・ベルシオンが軍議の間へと足を踏み入れた。漆黒の軍靴が石床を踏みしめるたび、室内の静寂がより深くなる。彼の鋭い黒曜石の瞳が一同を射抜き、圧倒的な威厳が空間を支配した。


 ケインズは腕を組み、冷静な表情を崩さぬままルークを見やる。ガリオンは半ば椅子にもたれかかりながらも、まるで獲物の気配を探る猛禽のように、王の動向を注視している。ケント・クラネル公爵とベルク・クレス侯爵は互いに視線を交わしつつ、息を詰めたように沈黙していた。


「待たせたな。これから大事な話をする」


 席についたルークの言葉に一同がビクリと驚いて注目した。


「――――実は、イザベラに、今が好機だと言われてな」


 今が好機? いったい何の好機なのか。誰もがその言葉の真意を測りかね、一瞬、空気が張り詰める。


「今こそカーネシアン王国を攻め滅ぼし、例年の侵攻に終止符を打つべきだと言うのだ」


 ルークは両腕を組み、一同を見回した。驚き、困惑、そして僅かな期待が入り混じった視線が彼に注がれる。


「……イザベラ嬢の意見を聞かせてもらおう」


 ケインズが慎重に問いかけると、ルークは淡々と説明を続けた。


「この度の大勝で、カーネシアン王国のユーロ公爵軍とオリボ伯爵軍はほぼ壊滅。コンラット城とオグト城に残る兵はわずか二百から五百。急襲すれば落とすのは容易だ。残る戦力はオリバー国王軍とウィリアム侯爵軍、カッパー侯爵軍、合わせて四千強。城を一つずつ落とすにせよ、全軍が迎撃に出るにせよ、勝てない戦ではない」


 ルークの言葉が終わるや否や、ガリオンが口角を上げた。


「コンラット城を五百で守っているなら、五千で攻めれば二日と経たずに落とせる。オグト城も同じだな。囲めば降伏勧告に応じる可能性は高い」


 彼の瞳が獲物を狙う猛禽のように鋭く光る。


「それだけじゃない」


 ルークはさらに言葉を続ける。


「カーネシアンの貴族にオリバー王との血縁はない。度重なる敗戦で、王への不満が募っている。降伏勧告を受け入れる城もあるだろうし、ウィリアム侯爵やカッパー侯爵も調略をかければ寝返るかもしれん」


 ケインズは顎に手を当て、静かに考え込んだ。


「……確かに、理屈は通っているな。出陣中の城に残す兵が二百から五百というのも妥当だ。今が絶好の機会と言われれば、否定はできない」


「それだけじゃない。これを見ろ」


 ルークが書類を差し出すと、ガリオンが食い入るように手に取った。


「……こ、これは……!?」


「コンラット城とオグト城の内部見取り図だ。イザベラに渡されたものだ」


「まさか、そんなものまで……。こいつは助かる。もうこの二城は落ちたも同然だな。それにしても、イザベラ嬢って何者なんだ?」


 ガリオンは呆れと感嘆が入り混じった声を漏らし、ケインズは小さく笑った。


「さすがは『グランクラネルの真珠』――美しさだけでなく頭脳も明晰のようですね。是が非でも奥方に迎えていただきたい」


 ルークはイザベラが高い評価を受け、妻とすることを認められたことに眉尻を下げる。軍議の間に、静かだが確かな熱が宿った。


 ケインズが右手の人差し指でメガネを上げ、冷静な光を宿した目でニヤリと笑う。ガリオンから地図を受け取ると、じっくりと眺め、慎重に指先でなぞりながら分析を始めた。テーブルに広げた地図の一点を指し示しながら、戦略を語り出す。


「コンラット城は、正門を攻めることで敵兵を誘導し、裏門を手薄にさせる作戦が最も効果的です。ガリオン将軍、あなたにはこの裏門から潜入し、迅速に城内を制圧してもらいます。通常、城の裏門は脱出用に設けられていますが、ここは壁に囲まれた狭い通路が続いており、見張りの数も少ない。奇襲をかければ、敵は混乱するでしょう。」


 ケインズが淡々と語ると、ガリオンが不敵な笑みを浮かべた。


「いいじゃねえか。城の守りが甘いなら、一気に仕留めるまでだ。ユーロ公爵を捕らえちまえば、残党も戦意を失うだろう。」


 ガリオンは地図を睨み、まるで獲物を狙う猛禽のように鋭く目を光らせる。彼の脳内にはすでに突撃の光景が鮮明に浮かんでいるのだろう。


 慎重なベルク・クレスト侯爵が腕を組み、低く呟いた。


「だが、敵が罠を張っている可能性は否定できない。裏門に潜入する際の逃げ道は確保できるのか?」


 ケインズが頷きながら指を動かす。


「そこが問題です。裏門からのルートは一本道。この曲がり角が鍵になります。万が一、敵に気づかれた場合は、こちらの屋根伝いに撤退する方法も考えられます。」


 ガリオンは不敵に笑い、拳を握りしめた。


「そんなもん、奇襲が成功すれば考える必要もねぇさ。さっさと城を落とすだけだ。」


 ルークが静かに口を開く。


「イザベラの配下の忍びを使えば、さらに確実に城門を開けられるそうだ。」


 その言葉に、四人がギョッとし、額に冷や汗を滲ませた。忍びといえば、影に潜み、情報を操る者たち。偽情報を流し、罠を仕掛け、時には暗殺さえ厭わない。貴族や王族の中には、その手段を卑劣と嫌う者も多いが、彼らの能力が戦局を左右することも事実だった。


「本当にイザベラ嬢は凄いですね……まさかそんな部下まで従えているとは。」


 ベルク・クレスト侯爵が驚愕の表情を浮かべる。


「まずはこの二城を落としてしまおうぜ! 早速出陣だ!」


 ガリオンが吹っ切ったように立ち上がり、力強く拳を打ち鳴らす。


「兵は迅速を尊ぶ! ケルシャ城には早馬を飛ばせ。急いで向かうぞ!」


 ルークの号令とともに、軍議室の扉が勢いよく開かれた。外ではすでに軍馬がいななき、兵士たちが慌ただしく出陣の準備を進めている。冬の冷たい風が吹き込む中、ベルシオン軍は新たな戦へと動き出した。



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