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16ー2 凱旋とプロポーズ2    

 「…………ちょっとお待ちになって。お茶を頂いても良いかしら?」


 イザベラはそっとルークの手を解き、優雅な仕草でティーカップに手を伸ばした。琥珀色の紅茶をひと口含むと、ほのかな酸味と甘味が舌の上でほどけ、ふわりと広がる華やかな香りが心を落ち着かせる。ルークの命で最高級の茶葉が用意されたのだろう。いつもながら、洗練されたこの味は格別だ。


 しかし、落ち着きを取り戻したのも束の間——視線を上げると、ルークの端正な顔が驚くほど近くにあり、その黒曜石のような瞳がまっすぐに自分を射抜いていた。熱を帯びた視線に、肌がじわりと粟立つ。ルークの存在そのものが放つ圧倒的な力に、心臓が再び乱れた鼓動を刻み始める。


「う、うん……!」


 一度小さく咳払いをし、慌てて姿勢を正す。覚悟を決め、真正面から彼の瞳を見据えた。目の前の王が求める答えを、こちらから突きつける番だ。


「一つ条件があります」


 イザベラの言葉に、ルークは一瞬動きを止めた。驚き、困惑、期待——どれともつかない複雑な感情が交錯し、彼の端整な顔に浮かぶ。


「私は、自分の住む場所が戦場になるような恐れを抱きたくありませんの。ですから、来年またカーネシアン王国が攻め込んでくるような状況は、絶対にごめんですわ。結婚の条件の一つとして、カーネシアン王国の征服をお願いしたいのです」


 ルークの目が驚愕に見開かれる。その漆黒の瞳が、一瞬にして倍ほどの大きさになったかのように錯覚する。


「カーネシアン王国の征服が条件だと!? 征服するまで、結婚はできぬと?」


 その衝撃は大きかったのだろう。ルークは勢いよく立ち上がり、深紅の軍装の裾が翻る。強き王の余裕に満ちた表情が消え、まるで思いも寄らぬ策を突きつけられた軍師のように、目を見開いたままイザベラを見下ろしていた。


 イザベラはそんなルークを見上げ、勝ち誇ったように、ゆるりと微笑んだ。


「条件の一つ、と申しました。できませんか?」


「……カーネシアン王国を征服するなど、これまで考えたこともなかった。簡単なことではないぞ」


「ですが、今回の大勝利でカーネシアン軍の主力——ユーロ公爵軍とオリボ伯爵軍はほぼ壊滅状態と聞きました。ユーロ公爵のコンラット城とオリボ伯爵のオグト城に残された兵は、せいぜい五百から二百といったところでしょう。急襲すれば、陥落させるのは容易ではなくて?」


 ルークは思わず息を呑んだ。イザベラの声は穏やかだったが、その瞳の奥には鋭い知略の光が宿っていた。


「さらに残るは、オリバー国王軍、ウィリアム侯爵軍、カッパー侯爵軍の連合軍……合わせて四千強。城を一つずつ攻略するにせよ、彼らが束になって襲いかかってくるにせよ、決して勝てない戦ではないでしょう?」


 ルークの額に、じわりと汗が滲む。思考が回転を速め、脳裏に幾つもの戦略が浮かんでは消えていく。


「確かに……今なら、二城を落とすのはたやすそうだ。その後も、やりようによっては——」


 イザベラは優雅な笑みを浮かべながら、さらなる策を投じる。


「グランクラネル王国とは、まだ不戦条約の期間中。今のうちに手を打つのが得策ではなくて?」


 ルークの黒曜石の瞳が、一瞬きらりと光る。確かに、今ならカーネシアン王国を攻めている最中に、周辺最強のグランクラネル王国が介入する心配はない。


 その表情を見逃さず、イザベラはさらに言葉を重ねた。


「それに、カーネシアン王国の貴族には、オリバー王との血縁者は一人もいません。度重なる出兵と敗戦により、王に対して不満を募らせている貴族も少なくないはず。二城に降伏勧告をすれば、すぐに応じる可能性も高いでしょう。そして……ウィリアム侯爵もカッパー侯爵も、うまく調略すれば、いずれベルシオン側に寝返るかもしれませんわ」


「……そうだな!」


 ルークの迷いが吹き飛ぶのを感じた。漆黒の瞳に、勝者の輝きが戻る。


 その変化を見届けながら、イザベラは静かに微笑んだ。戦術とは、戦場で剣を振るうだけではない。言葉一つで戦局は変わる。そして今、ルークの心に火を灯したのは、他ならぬ自分だった。




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