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16 -1 凱旋とプロポーズ①   

 山頂に築かれた荘厳なる王城。その南側、雄大な山並みに護られた平野に広がる王都ベルシニア。赤煉瓦の舗装道が碁盤の目のように張り巡らされ、十数万の人々が暮らすこの都は、まさに熱狂の渦に包まれていた。ベルシオン軍の大勝利という歓喜の知らせが、街全体を揺るがすように響き渡る。


 中央大通りには、人々が溢れんばかりに押し寄せ、王国軍の帰還を迎え入れていた。黄金色のビールを掲げ、赤ら顔で陽気に叫ぶ男たち。戦士たちに向かい、涙ぐみながら手を振る女たち。無邪気に駆け回る子供たちの笑い声が、祝祭の鐘の音と混ざり合う。すべての人々が、家族の無事を、愛する者の帰還を、そしてカーネシアン軍の敗走という安堵を、身体いっぱいに表現していた。


 そんな歓喜の渦の中、凱旋の先頭を行くのは、漆黒の軍馬に跨るルーク・ベルシオンその人。濃紺の軍装に金糸で施された王家の紋章が陽光を受けて煌めき、背に翻る白銀のマントは、勝利の象徴のように風をはらんでいた。その眼差しは、王としての誇りと自信に満ち、民衆の声援に応えながらも、堂々たる威厳を湛えている。


 そのすぐ隣、栗毛の馬に軽やかに跨るのは、ケインズ・ヴァレンス。洗練された黒の騎士装束を纏い、肩には銀の鎖帷子が鈍く光る。彼の穏やかな微笑みは、戦いを終えた安堵と、王都に帰還できた喜びを静かに物語っていた。手綱を操る仕草すらも優雅で、時折、民衆に手を振るたびに歓声がひときわ高まる。


 そして、その背後に続くのは、圧倒的な存在感を放つ巨漢、ガリオン・ヴォルグ。分厚い鎧に刻まれた無数の傷跡は、彼が戦場で刻んできた歴戦の証。その肩に掛かる赤いマントが、まるで燃え盛る炎のように揺れる。豪快に笑いながら、民衆に大きく手を振り、名前を呼ばれるたびに力強く頷くその姿に、熱狂はさらに高まっていく。


「何度見ても、この光景は胸が震えるな」


「お前は人気者だからな、ガリオン」


 群衆に手を振り、次々と声をかけられるガリオンを見て、ケインズが微笑を浮かべる。そして彼もまた、誇り高く右手を掲げた。


 勝利の凱旋。ベルシオン軍の行列は、王城へ続く壮麗な大通りを、堂々と進んでいく。兵士たちの表情には、戦を生き抜いた者だけが持つ安堵と、誇らしげな輝きがあった。


 カーネシアン軍は、あの夜を最後に二度と渡河することはなかった。無謀な侵攻の代償として、多くの兵を喪いながら、何ひとつ得るものなく撤退。今年の戦は、これで終わりだ。誰もがそう確信していたし、事実、敵軍にはもう戦う力など残されてはいなかった。


 戦の終焉とともに、王城へと戻ったルーク。彼が真っ先に向かったのは、言うまでもなくイザベラの部屋だった。


「今戻った。イザベラはいるか?」


 いきなりの呼び捨てに、イザベラは小さく目を瞬かせた。しかし、すぐに柔らかな微笑を浮かべる。


「ルーク様、ご無事で何よりです。カーネシアン軍を見事に退けられたとか。おめでとうございます」


「うむ。カーネシアン軍など、何度攻めてこようとも物の数ではない! 何度でも叩き潰してくれるわ、ハハハハハ!」


 朗々と笑い飛ばすルークが、するすると歩み寄り、突然片膝をつく。そして、イザベラの両手を優しく包み込んだ。


「ここでの暮らしはどうだ? 何か困ったことがあれば何でも言ってくれ。すべて、私が取り計らおう」


 ソファに腰掛けていたイザベラは、予想外の距離の詰め方に息を呑む。


 近い、近い、顔が近い! 胸の奥で鼓動が波打つのを必死に抑え込む。


「な、な……何も不自由はございませんわ。オホホホホ!」


 視線を逸らし、取り繕うように笑う。しかし、頬の熱が収まらない。


「イザベラ! そろそろプロポーズの返事を聞かせてはくれまいか?」


「も……も、もうですか?」


「まさか、まだヘインズ王子のことが忘れられないのか?」


「まさか! あんな男、大嫌いです! そもそも、あれはただの政略結婚。解消できて、心から安堵しておりますの……あっ、取り乱してしまいましたわ」


 思わず大きな声で否定してしまい、イザベラは恥ずかしげに俯いた。その姿を、ルークは深い愛情を込めて見つめる。


「安心したよ。そうだろうとは思っていたけれどね。貴族や王族の結婚は、どうしても政治の影が付き纏うものだ。しかし、私の思いは違う。純粋な恋心、真実の愛だ。一目見た瞬間、君が僕の運命の人だとわかったんだ。まるで雷に打たれたようにビビビッとね……。まさか、君にほかに想う人がいるなんてことは……?」


「そ……そんなことは……ありません……」


「なら、決まりだ。私のプロポーズ、受けてくれるね?」


「で……でも……」


「私は君だけを愛する。側室は一切持たないと誓おう」



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