2-2 忍び
もう一度、記憶の奥底に沈み込むように考えを巡らせる。
もし、この牢獄から脱出できたとしてーーその先は?
行くべき場所は一つしかない。
ルードイッヒ公爵家ーー自らの生家。
だが、そこは決して安息の地ではない。
むしろ、今のイザベラにとっては、敵の巣窟に等しい。
唯一、頼れる可能性があるのは父・ジオルグ公爵だけ。
頑固で冷徹な男だが、少なくとも公爵家の名誉を何より重んじる。
無実を証明できれば、見捨てられることはないかもしれない。
しかしーー
公爵家には、彼女の命を脅かす存在がいる。
実母はすでにこの世になく、その座を奪った側妻は、かねてよりイザベラを疎んでいた。
憎しみを隠そうともしない女狐は、自らの娘に公爵家の正統な後継者の座を与えるため、
ありとあらゆる手を使ってイザベラを貶めようとしてきた。
その娘ーー義妹は、まるで母の影のように彼女に倣い、
いつも嫉妬と敵意を滲ませた視線を向けていた。
そして、屋敷に仕える執事やメイドたち。
彼らの忠誠が向くのは、家長である公爵ではなく、その側妻だった。
彼女の一声で、イザベラは簡単に追い詰められる。
助けを求めることは、すなわち死を意味する。
胸の奥に冷たいものが広がっていく。
牢獄の寒さよりも、ずっと鋭く、ずっと深い絶望の刃。
それでもーー
ここで終わるつもりはない。
絶対に、生き延びてみせる。
イザベラは震える指をぎゅっと握りしめた。
この世界で生きるために、自分を殺す者を殺さなければならないのならーーそれすら、受け入れる覚悟が必要だった。
だがーー
唯一、側妻にその存在を知られていない者たちがいる。
闇に生きる者たち。
影の中に潜み、密やかに動く者たち。
決して表に立つことのない、闇の刃ーー忍びの一族。
その中でも、小太郎は特別だった。
彼は、どんな時もイザベラの命令に従い、どこまでも静かに、どこまでも忠実に、影のように仕えていた。
まるで夜闇そのもののように気配を消し、空気のように忍び寄り、ただ彼女のためだけに動く存在。
イザベラの命じるまま、カトリーヌを探り、闇の中で敵の企みを暴いてきた男。
その小太郎がーー今、どこにいるのか。
この牢獄の冷たい闇の中で、彼がひそかに見張ってくれているなら。
あるいは、助けに来てくれるのなら。
そう思うだけで、張り詰めた胸の奥に、ほんの僅かな安堵が滲む。