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閑話3 秘密の抜け道と、不穏な影  

 

 ケンタたちに案内され、イザベラとあやめは王都ベルシニアの裏道を進んでいた。大通りの喧騒は次第に遠ざかり、細い路地を抜けるたびに景色が変わる。壁に蔦が這い、湿った石畳には雨の名残が光っている。腐った木箱が無造作に積まれ、使い古された荷車が片隅に放置されている。どこからか異臭が漂い、生活の痕跡がそこかしこに残っていた。


「へえ、こんなところがあったなんて」


 イザベラは興味深げに辺りを見回した。普段の華やかな街並みとはまるで違う、王都の裏の顔。王城で育った彼女にとって、こうした裏社会を目にする機会は少なく、その光景は新鮮でさえあった。


 ケンタが得意げに胸を張る。


「俺たち、ここを抜け道にしてるんだ! 市場の裏手から城壁の近くまで続いてるよ! ここなら衛兵に見つからずに移動できるし、食べ物を見つけたり、大人たちの取引をこっそり覗いたりするのにも便利なんだ」


「ほう……」


 あやめは無言で周囲を警戒しながら歩いていたが、そっと手を腰に添え、いつでも武器を抜けるようにしていた。そして、やがて小さく呟く。


「確かに、この道は利用価値がありますね。追っ手を撒くのに最適な構造です」


「追っ手を撒くなんて、泥棒みたいな発言ね」


「私たち、忍びですから」


 イザベラはくすっと笑ったが、すぐに足を止めた。


「……この道、妙に静かね」


 先ほどまで聞こえていた市場のざわめきが消え、耳に届くのは自分たちの足音だけ。遠くで鳴いていた犬の声も途絶え、さっきまで軒先に座っていたはずの老人の姿も消えていた。


 その時――


 バサッ!


 上から何かが落ちてきた。


「……っ!」


 あやめが即座に前へ出た。イザベラも身構える。


 目の前に転がっていたのは、黒い布袋。


 中から、小さな動物が飛び出した。


「……猫?」


 痩せた黒猫が、荒い息をしながらイザベラの足元にすり寄る。その目は異様に見開かれ、小さな体が震えていた。まるで何かに怯えているようだった。


 そして次の瞬間――


「そいつ、よこせ!」


 荒々しい声が響き、路地の奥から大柄な男が現れた。無精ひげを生やし、傷跡の残る手には短剣が握られている。ぼろぼろのマントを羽織り、酒の匂いが漂っていた。


 イザベラは冷静に相手を見つめた。


「あなた……この猫を追っていたの?」


「そいつは俺のもんだ。邪魔するな」


 男の目はギラギラと光り、短剣を無造作に弄びながら、じりじりと距離を詰めてくる。革袋を握る手がかすかに震え、焦っていることが見て取れた。


 あやめはすでに戦闘態勢に入っていたが、イザベラは一歩前へ出た。


「……その猫、何かを飲み込んだのかしら?」


 男の顔がわずかに歪んだ。その反応に、イザベラは確信を得る。


「なるほどね……この猫、お宝でも飲み込んだのね?」


 男が短剣を振り上げた。


「黙れ!」


 しかし――


 シュッ!


 あやめの袖から飛び出した小刀が、男の足元に突き刺さる。彼女の動きは一瞬の迷いもなく、鋭く正確だった。まるで風が走ったかのような速度。


「……一歩でも動けば、次は足じゃ済みませんよ」


 男は歯ぎしりし、後ずさった。


「チッ、覚えてろ!」


 そう叫び、男は裏路地へと消えていった。


 イザベラは黒猫を抱き上げ、その小さな体を撫でた。


「さて、あなたは何を飲み込んでしまったのかしら?」


 猫は怯えた様子だったが、イザベラの腕の中で小さく鳴いた。その喉がわずかに膨らんでいることに、イザベラは気が付いた。


 その鳴き声の奥に、何か重大な秘密が隠されているとは、この時はまだ知る由もなかった――。



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