閑話1 王城探検――秘密の抜け道を求めて1
王城探検――秘密の抜け道を求めて
これは、ルークたちが戦場、ケルシャ城に赴いているときの話である。
ベルシオン王城の朝は、陽光に染まった石造りの回廊と、衛兵たちの低く響く足音から始まる。厚い石壁に囲まれたこの城は、王家の威厳を示すだけでなく、敵の侵入を阻む堅牢な砦でもある。しかし同時に、王族を閉じ込める檻のようでもあった。
イザベラは深紅のベルベットのカーテンをかき分け、窓の外を眺めた。遠くに広がる王都ベルシニアの街並みは、朝日を浴びて金色に輝いている。屋根瓦は赤や茶色の濃淡を織りなして、まるで絵画のような美しさを見せる。そこには自由がある。活気があり、人々の暮らしがある。
行きたい。あの中に溶け込みたい。
しかし、王城に住む以上、それは簡単なことではなかった。イザベラが気まぐれに出歩けば、すぐに騒ぎになる。王城の門は頑丈で、警備も厳重。ならば――誰にも気づかれずに出られる道を探せばいい。
「……抜け道があるはずよ。」
呟くと、背後で控えていたあやめが静かに目を細めた。
「無茶なことをお考えですね、お嬢様。」
「無茶ではなく、戦略よ。王城で退屈している姫君ほど、危険なものはないわ。」
イザベラは微笑むと、軽やかに部屋を出た。
王城探検――迷宮のような廊下。
二人は静かに石畳の廊下を進む。王城の内部は広大で、豪奢な装飾が施された大理石の床や、細工の美しい柱が続いている。天井は高く、シャンデリアが吊るされた広間を抜けるたびに、蝋燭の灯りが揺らめき、壁に長い影を落とした。
「お嬢様、どこを探すおつもりですか?」
あやめが小声で問う。
「古い城には秘密があるものよ。防衛のための隠し通路や、王族が非常時に逃げるための隠れ道がね」
イザベラは壁を指先でなぞる。長い歴史を刻んだ石の肌は冷たく、なめらかだ。城が何度も改築された痕跡がある場所を探せば、何か見つかるかもしれない。
しばらく歩いた後、二人は西翼の人通りの少ない回廊へと足を踏み入れた。そこは王族以外がほとんど訪れない区域で、重厚な木製の扉がいくつも並んでいる。
「このあたり……何かありそうね」
イザベラはゆっくりと扉を押してみた。鍵のかかっていないものを選んで、そっと中を覗く。古い書庫、使われていない寝室、埃をかぶった応接間――そして、ようやく見つけたのは、一見すると何の変哲もない物置部屋だった。
だが、イザベラの目は鋭く輝いた。
「これ……壁の一部だけ、色が違うわ」
薄暗い部屋の奥、燻んだ石壁の一角が、微妙に色合いを変えていた。まるで後から補修されたように見える。埃が厚く積もる部屋の中で、そこだけが妙に新しく見えた。
イザベラは手をかざし、そっと押してみた。
⁈ 秘密の地下道――出口はどこに?
ゴトリ……
鈍い音とともに、壁の一部が僅かに沈んだ。次の瞬間、わずかな隙間が生まれ、冷たい風が流れ込んでくる。
「やっぱり……!」
あやめが短く息を呑む。
「まさか、本当に抜け道が?」
イザベラは躊躇なく隙間に指をかけ、力を込める。すると、隠し扉は軋むようにしてゆっくりと開いた。
そこに現れたのは、暗く、湿った地下へと続く石造りの階段。
「これは……避難路かしら?」
イザベラは慎重に足を踏み入れた。苔むした壁がひんやりとした空気を纏い、僅かにカビと土の匂いがする。水滴がぽたぽたと落ちる音が、静寂の中に不気味に響く。
「誰かに見つかる前に、先を確かめましょう」
あやめが素早く蝋燭に火を灯し、揺れる灯りの下で二人は静かに歩みを進める。通路は曲がりくねり、途中にはいくつかの分かれ道もあった。
「まるで迷宮ね……」
やがて、ひときわ強い風が吹き込んでくる場所へと辿り着いた。前方には、古びた鉄の扉があり、そこからかすかに外の光が漏れている。
イザベラは鼓動を抑えながら、そっと扉に手をかけた。そして、ゆっくりと押す。
ギィ……
扉の向こうには、小さな庭園が広がっていた。雑草が茂り、崩れかけた石壁の向こうには王城の外周が見える。
「これで、誰にも気づかれずに城の外へ出られるわ」
あやめはため息をつきながら、それでもどこか楽しそうに微笑んだ。
「お嬢様は、本当に好奇心が旺盛ですね」
「退屈な人生ほどつまらないものはないでしょう?」
夜が明けたら、この抜け道を使って、市場へ――自由な世界へと足を踏み出そう。
王侯貴族としてではなく、一人の人間として街を歩く。誰にも縛られず、誰の目を気にすることもなく――そんな日を夢見ていた。
鳥かごを抜け出した鳥は、どこまで飛べるのかしら?
そんな期待を胸に秘めながら、イザベラはそっと扉を閉じた。




