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15ー2 銀狼の咆哮    

 カーネシアン軍の渡河地点。濁流のごとき兵の流れが川を覆い、すでに半数以上が対岸へと渡り終えていた。しかし、まだ千ほどの兵が川の途中におり、殿を務めるオリボ軍とわずかに残ったカッパー軍だけが、こちら岸に取り残されていた。


 その時——。


 遠くケルシャ城の方向から、かすかに馬蹄の音が響いた。乾いた地を抉るようなその響きは、はじめは微かなものだったが、やがて鼓膜を震わせる不吉な雷鳴のように響き渡った。オリボは眉をひそめ、音の方へと目を向ける。


「む! 敵の奇襲だ! 攻撃に備えて陣形を整えろ!」


 鋭い号令が戦場に響いた——だが、その直後、兵士たちの動きが硬直した。まるで空気そのものが凍りついたかのように、誰もが一瞬、息を呑む。


 土煙を巻き上げながら、漆黒の嵐が迫る。地を裂くような疾駆、揺れるたてがみ、狂奔する軍馬。その先頭には、一際大きな黒馬に跨る銀色の鎧の男がいた。


「『ベルシオンの銀狼』か……!」


 オリボの背筋に冷たい汗が伝う。喉が焼けつくように乾き、手のひらがじっとりと湿る。恐怖が背筋を駆け上がり、しかし彼は奥歯を噛み締めた。まだだ——まだ戦える……!


 だが、兵士たちはそうではなかった。


 陣形は整わず、戦闘準備も不十分。混乱する兵士たちは互いにぶつかり合い、必死に列を組もうとするが、その動きは焦燥に満ち、まとまりに欠けていた。


「急げ!」


 だが、彼らの狼狽を嗤うかのように、漆黒の軍勢が突入する——。


 ダダダダーンッ!


 大地を震わす馬蹄の轟音、地を引き裂くような怒号、恐怖に満ちた悲鳴。荒れ狂う暴風のごとき騎馬隊の猛襲が、オリボ軍を飲み込んだ。


「オオリャー!」


 天を裂くような咆哮が響く。ガリオンの振り下ろしたハルバードが、鈍い音を立てて敵兵の鎧を粉砕した。血飛沫が舞い、絶叫が戦場を染める。


 騎馬隊が蹂躙し、整わぬ敵陣を一気に切り裂いた。その混乱の中、ルークとケインズが率いる歩兵隊が駆け込み、次々と敵を押し潰していく。


 ドドドドーン!


 地響き、剣戟、断末魔の叫び。戦場は狂乱の坩堝るつぼと化した。


 抵抗らしい抵抗もできず、オリボ軍の兵士たちは次々と斬り伏せられ、戦線は瞬く間に崩壊した。誰もが、生き延びることだけを考えていた。


「くっ……くく! 引けー! 川を渡って逃げるのだー!」


 オリボの絶叫が響く。しかし、もはや兵士たちは誰も指揮官の声に耳を貸さない。生存本能に駆られ、四散するように逃げ惑い、戦場は秩序を失った混沌と化した。


 川の向こう岸では、オリバー軍とウィリアム軍が防衛の陣を組み、ベルシオン軍の侵攻に備えていた。カッパー軍の兵士たちは、命からがら対岸へと走る。


 ——だが、その背後から、再び突撃の轟音が響いた。


「追え!」


 ガリオンの号令とともに、銀狼の騎馬隊が二度目の突撃を仕掛ける。逃げる兵士たちの背中に容赦なく襲いかかる死の旋風。次々と打ち倒され、血飛沫が宙を舞う。


 戦場には、阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れた。


 圧倒的な戦力差の前に、カーネシアン軍は完全なる総崩れを迎えた。蹂躙し尽くしたベルシオン軍は、悠然とケルシャ城へと引き返していく。血塗られた戦場には、無数の屍と、敗者たちの慟哭だけが取り残されていた——。





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