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13-1 敗走の軍議  

 大きな損害を出しながらも、ようやく予定の地点までたどり着いたユーロ公爵は、荒い息を吐きながら額の汗を拭った。心臓が激しく鼓動し、全身が戦場の泥と血にまみれている。彼の指先は震え、疲労と悔しさが混じった表情が顔を覆う。


「死ぬかと思ったぞ……途中で追撃をやめてくれて助かった。前が詰まっていては逃げきれんは!」


 しかし、その言葉とは裏腹に、ユーロの顔には悔しさと苛立ちが滲んでいた。拳を強く握り、舌打ちを一つ鳴らす。ここまで追い詰められるとは夢にも思わず、余裕で逃げおおせるはずが、蓋を開ければ手痛い損害を被る始末だった。


 作戦に不備があったのではないか。ユーロの疑念はオリバー王と作戦立案者であるウイリアム伯爵へと向けられた。


 ユーロ軍は、オリボ軍・カッパー軍・ウイリアム軍の陣を突破し、敵の追撃をかわしながらなんとか撤退。疲弊しきった兵士たちは、ようやくオリバー王の軍と合流し、膝をつく者もいた。彼らの目は虚ろで、肩で息をする者も多い。


 本来ならば、追いかけてくるベルシオン軍を包囲し、殲滅するはずだった。しかし、剣のぶつかる音も、兵士たちの咆哮も聞こえない。あるのは、死者の累々たる骸と、敗北の重苦しい空気だけだった。


 ──これが……失敗というものなのか。


「これじゃあ我が兵は無駄死にじゃないか! くそっ……!」


 拳を固く握りしめ、血に染まった地面を蹴りつける。怒りと無力感が胸の奥で膨れ上がるが、今はそれを噛み殺すしかなかった。


 そんな折、伝令が駆け寄ってきて「再度、軍議が開かれる」との報せを届けた。ユーロは眉をひそめながらも、唇を噛み、足早にオリバー王の天幕へと向かう。


 天幕をくぐると、すでに集まっていたオリボ、カッパー、ウイリアムの三将が冷ややかな視線を向けてきた。オリボは腕を組み、カッパーは眉をひそめ、ウイリアムは無言のまま鋭い視線を向ける。彼らの表情は硬く、作戦失敗による落胆を物語っていた。しかし、ユーロにはその視線が、まるで「釣り役を務めたお前の失態だ」と責めているように感じられた。


「残念であったな。まさか釣りに乗ってこないとは!」


 オリボが低く呟く。彼の口元は引きつり、焦燥を隠しきれていない。


「あそこで軍を止めるとは……まったく、あの新王は普通じゃないな!」


 カッパーが腕を組みながら、悔しそうに天幕の天井を仰ぐ。


「我らの作戦が見破られていたのであろう……」


 ウイリアムが冷静に結論を下すが、その声にも失望が滲んでいた。


 発せられる一言一言が、まるで鋭い刃のようにユーロの胸を貫いた。悔しさに歯噛みしながらも言葉を発することができない。


 そんなユーロに、オリバー王が静かに問いかける。


「どのくらいの損害が出た?」


 鋭い視線を投げかけられ、ユーロは唇を噛んだ後、しぶしぶ答えた。


「半数以上の兵を失いました」


 その場の空気が一瞬にして重くなる。半数──それはほぼ壊滅を意味する。戦力の再編すらままならない状況に、ユーロは無意識のうちに奥歯を噛み締めた。


「半数以上……つまり七百か…………。我が軍にも多少の損害が出ているようだ」


 オリバー王の鎮痛な表情が、さらにユーロの胸に深く突き刺さる。


「残念だが、初戦はしてやられたな。しかし、次の一手で奴らを揺さぶる策を考えねばならん。」


 王の問いに、ウイリアム伯爵が静かに口を開いた。


「新王ルークとやら……思っていたより手強い相手のようです。このまま王都を目指せば補給線の維持が難しくなるのは必定。ルークなら補給線を断ち切るのは火を見るより明らか。このまま進めば。……まさしく賭けですな」


「うむ。決戦を避けつつ、じわじわと我が軍を削る戦術……まるで歴戦の指揮官のようだ。良き軍師がついているのかもしれぬ」


「こうなれば、ケルシャ城を力攻めするしかありますまい!」


 オリボが勇ましく主張する。しかし、すぐにカッパーが異を唱えた。


「それなら、近づく援軍二千を先に叩くべきかと」


 ウイリアムもこれに同意する。


「まずは二千を野戦で片付け、その後にケルシャ城を攻めるのが妥当でしょう」


 だが、ユーロは納得がいかなかった。苛立ちを押し殺しながら、拳を握りしめる。


「五千三百で二千を屠るのは容易いかもしれんが、その戦いで兵を消耗してケルシャ城を力攻めできると思うのか? 二千を屠ったところで、その後の展望が見えぬのでは無意味。何も得るものがなく撤退するくらいなら、今ここで軍を引くべきだ。


 それに、我が軍の五百はほとんどが手負いの兵。戦闘など到底できる状態ではない。実際、マルク軍の追撃はそれほどまでに苛烈を極めていたのだ……」


 苦々しい思いを噛み殺しながら、ユーロは顔を歪める。その表情には、敗北の痛みと、自軍を救えなかった自責の念が滲んでいた。


「このまま撤退するべきだ……いや、今こそ決断の時かもしれん。」



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