1-2 転生
一際大きく響く声。多分私を叱責するあの王子の声だ。
「死刑にしても飽き足らぬが、元婚約者だったことに免じて国外追放に処す! いや、その反抗的な目つき…やっぱり死刑だ! イザベラ、お前は死刑だ!死刑にしても飽き足らぬ!」
頭を持ち上げて視線を向けると、目に入ったのは王子、ヘインズ・クラネル。走馬灯の記憶の、あの卒業パーティーで二度と見たくないと思った顔だ。今、まさにイザベラに死刑を宣告し、怒りをぶつけている。
もしかして……私は…イザベラ?
ああ、まさか、転生しちゃったの? 私が死んだはずの体に、あの公爵令嬢イザベラ・ルードイッヒとして生き返ったっていうの? もしかしてここが生き地獄?
「……ちょっと待って、これってまさか地獄?」
私は思わず口に出してしまった。『無限ギロチンの刑』って、もしかして死ぬたびに転生して、また死刑になる無限ループのことだったりするの?
そんなの嫌だ。死ぬのも怖いけど、もっと怖いのは、何度も死んで同じ痛みを繰り返すことだ。多分これから断頭台にかけられる。
騒ぐ王子に現状を再確認しようとする。…………王子さま! あなた、すでにこの子殴り殺しちゃってるんじゃないの! 死刑にしても飽き足らないって、もうすでにやることやってるんだわ。
私はブレスレットや服が最後の記憶のイザベラのそれと一致するのを確かめて、やはり公爵令嬢イザベラ・ルードイッヒになっている今の自分に絶望した。そう、やっぱり走馬灯で流れた記憶の持ち主の子だ。
さらに周囲の状況がはっきりしてきた。王子の背後に隠れる様にしてこちらを見て嘲笑う女、イザベラがかつていじめていた女―― 男爵令嬢カトリーヌが立っているのが見えた。そう、あの泥棒猫。王子を奪った張本人だ。
それが原因でいじめられていたのだから、悪いのはあんたの方でしょ! 私はイザベラに少しだけ、いやかなり同情している。
その時、私の脳裏に閻魔大王の冷たい声が響いた。「お前もだろう」という言葉が、耳の中でしつこく繰り返される。その瞬間、思わず顔をしかめた。私はあの男を取ろうとしたわけじゃないし、男たちが勝手に私に寄ってきただけ。それを少し、教えてあげただけなのに――。今度は取られる立場を味わえってこと?
閻魔大王が裁きの場で、私の行動をいちいち取り上げて溜息をついていたのはさっきのことだ。
でも私だって、私だって酷いいじめにあっていたよ。倍返ししてやっただけじゃない。倍返しして何が悪いのさ!
泣き寝入りしてればよかったわけ? そうすれば死なずに済んだのかしら? え……そのせいで死んだの? そりゃ揉み合いになって車に轢かれちゃったわけだけど。
再び現実に戻ると、王子の声が更に響く。彼が私を死刑にする理由を延々と叫び続けている。
どうしてこんな目に遭わなきゃならないのか。悪いのはあの女。愚かな王子は騙されて、有る事無い事イザベラの悪口を聞かされ続けたのだろう。イザベラを信じず、婚約を解消して、今もイザベラを責め続けている。こんなことになるとは思わなかった。だけど、今ここにいるのは――イザベラとしての私。
私はこの現実を受け入れるしかないのか?
立ち上がりかけたものの、すぐに再び膝が崩れた。土下座して謝る? それが最良の方法だろうか? でもどうしても、それができない。だって、あのカトリーヌが許せない。あの女が王子を奪ったのが、すべての始まりだ。そうじゃないか。私だけが悪いわけじゃない。
冷静になるとこのままではまずいのは分かる。ここはなんとか断頭台だけでも回避しなければ。
だがーー。
私はくびれた腰に手を当て、ふんすと胸を張る。そして右手を挙げて「ビシ!」という効果音が響くようにカトリーヌを指差す。
「悪いのはあんたでしょう!」
……言ってしまった。我慢できずに言ってしまった。なんてはしたない言葉使い。貞淑な公爵令嬢にはあるまじき大胆極まりない行ない。
殴り飛ばされた私に集まっていた視線が一気に指さされたカトリーヌに集まる。
それに気付かぬカトリーヌがヘインズ王子の背中でペロリと舌を出して挑発する。おのれー、男の前だけで潮らしくしおってー! 思わず拳を力強く握ってしまう私。完全にカトリーヌが生前の恋敵とシンクロする。イザベラの無念を晴らしてあげたいというよりもう自分はイザベラになっている。そう、今の私はイザベラだ。彼女の記憶、人生を引き継いでいる。
「イザベラ! まだ改心できないようだな。その反抗的は目つき、もう一発殴られたいか?」
いや王子、あんたが殴りたいだけでしょう! 一度殴り殺しておいて、まだ足りんのかーい。
ここに至っては、王子の心はカトリーヌのもの。もう二度と戻ってくることはない。私という婚約者がありながら王子も王子だ。一夫多妻だからって結婚前からそれはないでしょう! しかも学園内でおおっぴらに……イザベラが不憫でならないわ。私はこのヘインズ王子が大嫌いになった。
元をただせばあんたが悪い! ……と言いたかったが、殴られた顎が腫れて言葉が出ないし、王子にそんなことを言ったら不敬罪で罰せられる。死刑が確定するようなことをするのは大馬鹿である。……もうすでに確定(閻魔談)だって?
グランクラネル王国第一王子ヘインズ・クラネルは、金髪碧眼整った顔立ちで、見た目だけは王太子として十分であるが中身は平凡以下の下衆野郎だ。コロッとカトリーヌに騙されているところがその証拠である。
言い返せない私に向かって馬鹿王子が偉そうに告げる。
「この女を牢につなげ! 追って沙汰を言い渡す!」
王子の顔に死刑と書いてある。
こりゃあ、死刑の無限ループいきだとあきらめる。顎が痛くて口もきけなければ、兵士に掴まれて抵抗もできない。観念して兵士に連れられ地下の牢にぶち込まれる。兵士さんったら、公爵令嬢の私に容赦ないんですけど。少しは優しく扱ってよ。
悪役令嬢に転生したのは間違いないが、もう少し前から転生できれば、死刑は避けられたのにと閻魔の顔を思い出して唇を噛んだ。『無限ギロチンの刑』だからしょうがないか…………。
牢に入れられ少し冷静になって、ここからできることは無いかしらと考えた。勿論脱獄する方法だ。