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6-2 謁見の間 2   

 


 ケインズはわずかに視線を動かし、周囲の気配を探るようにしてから、小声で告げた。


「陛下……報告が……」


 ケインズの低く抑えた声が、静寂の中に沈み、まるで城そのものが、次に発せられる言葉を固唾を飲んで待っているかのようだった。


「うむ」


 ルークは玉座にもたれ、静かにケインズを見やる。ケインズは周囲に気を配りながら一歩前へ進み、耳元に口を寄せて小声で告げた。


「先ほど、グランクラネル王国との国境にある検問所で、イザベラ嬢を追う騎士風の者たちと小競り合いが発生したとの報告が入っております。どうやら、彼女がこの国へ入ったことを悟られたようです」


「今更だな」


 ルークは肘掛けに軽く体重を預けながら、口の端を吊り上げると、鋭い漆黒の瞳を冷ややかに細めた。


「偽りの平和など、そう長くは続くまい……。周辺国の動向にはより一層注意を払え。次にどこを焚きつけてくるか、分かったものではないからな」


 ルークの言葉に、重厚な鎧を纏った壮年の男が力強く頷いた。


「ーーガリオン将軍、兵の鍛錬に抜かりはないな?」


「安心されよ!」


 ガリオンの声は威風堂々としており、まるで戦場で号令をかけるような迫力があった。


「訓練は怠らず、兵の士気も極めて高い。今すぐ攻められようとも、十全の働きは約束いたします。要害を利用すれば、たとえ大軍を相手取ったとしても、容易く突破されることはありますまい」


「我が国の兵は少なく、敵地の占領には向きませんがーー峻険な山々に囲まれた地形故、守りは盤石かと!」


 ケインズもまた、静かに言葉を重ねた。


 ルークは短く息を吐くと、肘掛けに手を置きながら天井を仰いだ。


「頼もしいな。ーーだが、戦場において最も頼るべきは人ではなく、策だ。どれだけ優れた兵でも、無策ではただの駒に過ぎない。」


 そう呟きつつも、漆黒の瞳には深い思慮が宿る。


「だが、四方を敵に囲まれ、こう度々攻められてばかりでは、いくら精鋭を揃えていても国力は疲弊し、国民は疲れ果てる。いずれは隣国に屈し、属国と成り下がることになるだろう……」


 ケインズとガリオンは一瞬目を合わせると、眉間に皺を寄せ、神妙な面持ちで黙考する。


 静寂が流れた。



 燭台の炎がかすかに揺れ、壁に映る影が伸び縮みする。誰もが言葉を失い、ただルークの言葉を噛み締めていた。


「いずれ、影に隠れているグランクラネル王国が牙を剥く。我が国の消耗が激しくなれば、奴らは必ず攻めてくる。ーーそのために、周囲の小国をけしかけ、我々の力を削いでいるのだ。ーー何か良い方法を考えねばな。戦は勝てばいいというものではない。民を疲弊させ、未来を潰してしまえば、それは敗北と変わらない」


「承知しております。兵の損耗を最小限に抑えつつ、適切な策を講じましょう」


 ガリオンは厳しい表情で胸に拳を当てた。


 だが、ルークの表情はどこか冷徹な笑みを浮かべていた。


「この際……黒幕が動いてくれるなら、それはそれで好都合だな」


 ケインズとガリオンが一斉にルークを見やる。


「敵の主力が自ら前線に出てきてくれれば、こちらの手を汚さずとも、まとめて叩ける。周囲の国々と戦い続け、グランクラネル王国との戦力差が大きくなりすぎる前にな。……敵の出方を待つのではない。動かすのだ。手のひらの上でーー思惑通りに」


 戦力差が埋められぬほど開く前に、手を打たねばならない。最も効果的な手は何かーーそれを見極めるのが、王の務めだ。


 冷ややかでありながら、どこか楽しげですらある声音に、ケインズとガリオンは互いに顔を見合わせる。


 ルーク・ベルシオンーーこの男が本気で仕掛ける時、戦場は血と鉄の嵐に包まれるだろう。


 ルークの自信は、決して虚勢ではない。それは、彼が己の軍を信じているからこそだ。


 たとえ純粋な兵力では劣っていても、この国は天然の要害に囲まれた難攻不落の地。そして、彼の配下には百戦錬磨の猛者たちが揃っている。


 ガリオンの眼光が鋭くなった。


「戦は、兵の数だけで決まるものではありません。その時は、ぜひ先鋒をお任せください」


 『ベルシオンの銀狼』は、これまで幾度となく数倍の敵を退けてきた。奇襲、撹乱、地の利ーーすべてを駆使し、戦場を血に染めながらも勝利を掴んできたのだ。力強く告げるガリオンの姿には、並々ならぬ覚悟があった。


 彼は、これまでに自軍の倍以上の敵を何度も退けてきた。その鮮やかな戦果は、彼の異名ーー『ベルシオンの銀狼』の名に恥じぬものだ。


「お前は総大将だろう……」


 ルークは呆れたように眉を上げ、軽く笑みを零した。


「いつもいつも、真っ先に飛び込んでいきおって。少しは自分の立場を考えろ」


 ガリオンが肩をすくめる。


 その様子を見て、ルークとケインズもまた笑った。


 数々の戦場を共に駆けた者同士にしか分からない、暗黙の了解があった。戦が迫ることを知りながら、それでも笑えるのは、互いの力を疑っていないからだ。


 戦の気配が、すぐそこまで迫っていることを知りながらーーそれでも彼らの表情には、一片の怯えもなかった。死を覚悟しているのではない。勝つことを疑っていないのだ。戦場に散ることすら、その勝利の糧とする覚悟が、彼らの瞳には宿っていた。





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