『ズキュン』
「完璧だわ」
採点が終った。
ブラッドは、他の七歳児よりはるかに優秀である。それどころか、いますぐ王都の学校の初等教育を受けても充分やっていけるだけの頭脳と才能がある。学問だけではない。音楽や美術もこの年齢にしては造詣が深いし、身体能力も抜群。
いままでクラークが教えてきたり、自分自身で本を読み漁ったりしたらしいけれど、そもそもそれだけの才能があるからなのかもしれない。
「ありがとうございます」
ブラッドは、やさしい笑みを浮かべた。
『ズキュン』
胸を矢で撃ち抜かれた。
ブラッドがなにかする度、あるいはなにか言う度に衝撃を受けるものだから、心身ともにボロボロになっている。
もっとも、こういうボロボロならどれだけボロボロになってもいいけれど。
心身へのダメージはともかく、じょじょに彼との距離を狭める努力をしている。
目標は、ブラッドの「良き母親」になること。それが無理なら、ずっと年上の「お姉さん」でもいいと思っている。いやいや。それもダメなら「ちょっと変わった友人」、あるいは「気味の悪い家庭教師」でもいい。
とにかく、ブラッドに寂しい思いをさせず、楽しい日々をすごしてもらう。それから、ついでにクラークも笑わせる。
ブラッドに関しては、こうして毎日勉強や読書をしたり、広大な私有地にある森で散歩をしたりしている。最初こそ会話もなく、ふたりしてただだまってときをすごしていた。が、しだいに話すようになってきた。いまでは、会話をするまでになっている。
とはいえ、彼はおとなしい。口数がすくない。
もしかすると、まだわたしのことを警戒しているのか遠慮しているのかもしれない。
クラークにいたっては、これはもう絶望的。
とにかく、彼はよせつけない。それは、わたしだけではない。息子のブラッドでさえ、「そばに近寄るな」というオーラをだしまくっている。
ブラッドは、そんな父親に遠慮している。やさしい彼は、空気を読んでけっして父親に近づこうとしない。
(ブラッドは、きっと父親に甘えたことなんてないんだろうな)
ぜったいに甘えたことなどないはず。そう確信できる。
それほど、クラークは孤独に浸りきっている。
「いまからサンドイッチを持ってピクニックに行きましょう」
屋敷の中に閉じこもってばかりではダメ。陽の光を浴び、駆けまわる。
せっかく広大な私有地があり、そこには森や山や湖がある。
遊ばないでどうするっていうの?
というわけで、ときどきこうしてブラッドとピクニックに行く。
「あの鳥はなんですか?」
「これは、なんという花ですか?」
「この木の実は食べることが出来ますか?」
「これは薬草ですよね?」
「見ましたか? あれってレッドフォックスですよね?」
ブラッドは、屋敷から離れると嬉々とする。というか、はしゃぎまくる。
いつもおとなしくて控えめな彼が、森や山や湖といった自然の中だと、年齢相応のやんちゃ坊主に変身する。
そのギャップにまた『ズキュン』と胸を撃ち抜かれる。
ピクニック、薬草探し、乗馬、魚釣り、ボート漕ぎ、山登り、木登り、冒険ごっこ、探検ごっこ等々、わたしが経験してきたありとあらゆるアクティビティをいっしょに体験する。
わたしは、どんな少年よりもはるかに活動的だった。
だれもが怖れる、もとい認めるおてんば娘だったのだ。
というわけで、他の貴族子息に体験させると親からクレームが入るであろうことばかりを経験させている。
(どれも本来なら父親や男兄弟が教えることよね。母親っぽいものはひとつもない。だけど、ブラッドがこんなにうれしそうに笑っているんですもの。よしとしましょう)
そうなのである。ブラッドは、わたしとこうしてやんちゃばかりしているときにはいつも笑顔なのである。
このようにして、彼とわたしはうまくいっている気がする。
それが母子という関係にもとづくものではないところが残念だけれど。