青春時代の推し活の相手は、クラーク・ロックウエル公爵
クラークと出会ったのは、王都でだった。
とはいえ、彼との関係は友人とか恋人とかではない。それどころか、知人とか顔見知り程度とかでもない。さらには、王宮やサロンや公共の場で、すぐ近くをすれ違ったことさえなかった。
没落男爵令嬢のわたしにすれば、リッチモンド王国の三大公爵家の一家であるロックウエル公爵は、雲の上の人である。とうてい、手の届く人ではない。というか、彼からすれば、わたしの存在など塵芥にすぎない。
彼とわたしの間には、それほどの隔たりがある。
ちなみに、ロックウエル公爵家は王家に一番近しい家柄でもある。
当時、クラークはときの人だった。
彼は、それはもう気高かった。カッコよくてやさしくて気遣い抜群で、さらには気前がよくて善良で、と紳士の中の紳士だった。
しかも宰相として大活躍していた。リッチモンド王国を支えているといってもいいほど、王国の為に尽くしてきた。
彼が国の内外の令嬢たちにモテていたのは、この世に神が存在するのと同様当たり前のことだった。
わたしもまた、彼のすべてに魅了された。
当時、わたしの実家であるラッセル男爵家は、かろうじて生活出来ていた。わたしは、ひとり娘で跡継ぎとしての自覚が強かった。というよりか、はやい話が相当な野心家だった。物心ついたときから、将来は「スペシャルでイケてるおじさん」と結婚し、わが家を復活させようと計画を立てていた。
「スペシャルでイケてるおじさん」というのは、家柄と人柄がよく、しかも金持ちでかなりの年長者を意味する。
家柄や人柄や金持ち、というのは多くのレディが抱く当然の希望だけれど、かなりの年長者というのは精神的に合うからである。
男性は、レディと比較して子どもっぽいところがある。だから、ずっと年長であれば、ちょうど合うというのがわたしの持論である。
クラークは、そんな分不相応な野心を抱くわたしにぴったりの男性だった。
ターゲットを彼に定めたわたしは、とにかく彼のことを調べ上げた。それだけではない。密かに追いかけた。議会の傍聴に参加し、国内のどこまででも彼の演説を聞きにいった。
もちろん、彼のことを知ったり追いかけるという消極的な行動だけでは飽き足らない。というか、そんな非建設的なことのみなら、だれにでも出来る。だれにでも出来るということは、それだけ競争率が激しくなる。つまり、わたしの存在はその他大勢にすぎなくなる。
だから、王都の学校で学んだ。すこしでも彼に近づく為に、外交官を目指したのである。
当然、わがラッセル男爵家にそんな余裕はない。
奨学金制度をフル活用した。さいわい、わたしは天然でバカではあるけれど要領がいい。勉強の仕方を心得ている。特待生を維持し続けることが出来た。しかも、要領のよさを極限まで利用し、貴族子女たちの家庭教師をすることで生活費を稼ぐことが出来た。
わたしの青春は、クラークの推し活動と授業と家庭教師だけだった。
しかし、後悔はしていない。充実し、楽しかったから。
が、そんな青春もある日突然終わりを迎えた。
クラークが結婚したのである。
わたしは、その時点できっぱりスッキリくっきり推し活をやめた。
次なるターゲットを探した方が、よほど建設的だから。