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3. 最悪の出会い

 ロザリンはいくら待っても迎えに来ないティエリーを探しに、村を出ることを決めた。


 祖父はティエリーの親の名前を教えてはくれなかったけれど、都に住む貴族であることは間違いない。ロザリンはとりあえず都に行って、どこかで働きながらティエリーを探すことにした。


 村から都までは歩いて数日かかる。

 女の一人旅では、道中にどんな危険が待ち受けているか分からない。もしやまたハンスのような男が現れたらと恐怖で身がすくむ。それでもロザリンは、ティエリーが恋しくて都に行くことを諦められなかった。


 悩んだ末に、ロザリンは自分の顔をわざと泥で汚して、薄汚れた少年の恰好で旅をすることにした。その方が、いくらかは安全なように思えたからだ。


 長い髪を編んで帽子の中に押し込み、白い肌に泥を塗って汚した。そして、裾が擦り切れ汚れた古着に身を包むと、ロザリンはわずかな荷物を手に誰もいない家を後にした。



 

「――この道で、大丈夫よね?」


 ぶつぶつと独り言を言いながら、ロザリンは山道を歩いていた。


 うっそうとした山の中には自分以外の人の気配はない。それでもロザリンは何度も後ろを振り返りながら歩いている。風で木がざわつくたびに、どこかで鳥が羽ばたくたびに、思わずきゃあきゃあと悲鳴を上げてしまっていた。


「都に行く道って、こんなに不気味なのね。……ティエリーも馬車で通ったのかしら? いいなあ、わたしだって馬車で行けたらこんなに怖い思いをしなくて済むのに」


 それは分かっていても先立つものが無ければ仕方ないと、ロザリンは自分に言い聞かせた。都までの馬車賃があれば、村で何日生活できるだろう。そんなことを考えたら、馬車という選択肢はロザリンには無かった。

 恋しいティエリーの顔を思い浮かべながら、ロザリンがどうにか勇気を奮い立たせて歩いていると、突然後ろの方から馬の蹄の音と数人の笑い声が聞こえてきた。


 胸騒ぎを感じたロザリンが咄嗟に走り出す。

 後方から馬で駆けてくる男達に見つからないように身を隠そうとするが、周りを見渡しても木ばかりで身を隠せる所などどこにも無い。

 そうこうしているうちに、馬に乗った数人の男達にロザリンはあっという間に追いつかれて囲まれてしまった。


「……こんな所に子供が一人?」

「小汚ねえガキだなあ」


 男達は、馬の上からロザリンを品定めするように見下ろしている。

 得体の知れない恐怖を感じたロザリンは、帽子を深く被り顔を伏せながら、気づかれないように横目でちらりと男達を見た。

 どうやら山賊のようだ。男達は、無精髭を生やし腰に剣を下げていた。中には頬に刀傷のある者もいる。


 まさか山賊に遭うとは想像もしていなかったロザリンは、恐怖で言葉を失くしてがたがたと震えていた。すると、そのうちの一人が馬から降りてロザリンの顔を覗き込んだ。


「薄汚れているが、顔立ちは良い。これなら売れる。連れて行くぞ」


 そう言うと山賊はロザリンを抱え上げて馬の背に乗せて、自分もその後ろに乗り込んだ。


 売れるという山賊の言葉に、自分が攫われてどこかに売られるのだと気づいたロザリンが、慌てて手足をばたつかせてそこから逃げようとする。


「放してっ! 誰か助けてえっ!」


 大声を上げて助けを求めるロザリンをげらげらと嘲笑いながら、山賊たちが馬を走らせようと手綱を手にした。

 その時、どこからかヒューッという音とともに縄が飛んできた。大きな輪っかになったその縄先に馬上の山賊を捕らえる。ぐいっと後ろに縄が引かれて、捕らわれた山賊たちが次々に馬上から転げ落ちた。


「痛えっ、誰だっ! こんなことしやがるのはっ!」


 無様に地面を転がった山賊たちは声を荒らげながら体を起こすと、自分達を捕えている縄を忌々しそうに外した。

 息を荒くしながら辺りを見回した山賊たちは、こちらに向かって駆けてくる青年に気づくと一斉に腰につけていた剣を抜いた。

 ロザリンはその隙に馬から降りて、走って近くの木の後ろに隠れた。そして息を潜めて様子を窺う。


 こちらへ駆けてきた青年は十七、八くらいだろうか。さほどティエリーと変わらないような年頃に思えた。

 黒髪のその青年は山賊たちの目の前まで来ると、おもむろに腰につけていた剣を鞘から抜いた。

 猛々しい山賊と向かい合うと、長身だが青年の身の細さが際立ち、その勝負が無謀なことはロザリンの目にも明らかだった。


 攫われて売られそうなところを助けてもらったのは有難いけれど、逆にこの青年を危険に晒してしまった。ロザリンは申し訳なく思いながらも恐怖で動けずにいた。


「……なあんだ、ガキじゃねえか。ふざけた真似しやがって、こいつもまとめて売ってやれ」


 どこか幼さの残る顔立ちの青年に、気の緩んだ山賊たちは笑い声を上げながら間合いを狭めていった。遊んでやると言わんばかりに剣先を揺らしながら、一歩一歩青年に近づいて行く。


 ロザリンが息を殺しながら様子を見ていると、青年がいきなりその場にしゃがんで片手で足元の土を掴み、それを山賊に向かって投げつけた。

 目潰しをされた山賊が狼狽(うろた)えている隙に、青年は一気に剣で斬りつける。体勢を崩した山賊たちを長い足で蹴り倒し、背中を剣の柄で殴りつけると、あっという間に片を付けてしまった。

 青年に斬られて傷を負った山賊たちは、()()うの(てい)でどうにか馬に乗り込むと、哀れな捨て台詞を吐いて逃げ出して行った。 

 

 ロザリンは、てっきり勝てっこないと思っていたあの恐ろしい山賊を一瞬で片付けた青年に呆気に取られていた。

 ぽかんと口を開けているロザリンの前に、青年が艶のある黒髪を風になびかせながらゆっくりと歩いて来る。


「大丈夫か?」


 人の好さそうな笑みを浮かべながら、青年はロザリンに手を差し出した。

 戸惑いながら差し伸べられたその手を見ているロザリンに、青年は言葉を続ける。


「家はどこだ? 一人じゃ危ないから送ってやる」


 帰る場所など無いロザリンが答えを躊躇(ためら)っていると、いきなり青年が顔をロザリンに近づけてきた。強い意志の宿る黒い瞳に凛々しい顔立ち。ロザリンが思わず恥じらい顔を背けると、鼻をくんくんと動かしていた青年がぼそりと呟いた。


「お前、臭いな」


 身を守る為に自分で汚した。そうは言っても、自分と同じくらいの年頃の青年に面と向かって臭いと言われたら恥ずかしくて堪らない。ロザリンが顔を真っ赤にして固まっていると、青年は無言のままロザリンを肩に担ぎ上げた。


 断わりも無く、急に担ぎ上げられたロザリンが驚いて悲鳴をあげる。

 青年はそれを気にする様子もなく、ずかずかと歩いて山道を逸れ茂みを分け入る。やがて見晴らしのいい大きな岩の上に来ると、青年は笑顔で眼下の湖めがけてロザリンを放り投げた。

 

「ほうら、綺麗になって来い」

「きゃあああああっ!」


 ぽいっと放り投げられたロザリンが悲鳴を上げながら湖に落ち、大きな水飛沫が上がる。

 それを青年は、はははっと笑いながら岩の上から見ていた。水面から顔を出したロザリンが青年に向かって大声で叫ぶ。


「助けてっ! わたし泳げないの!」

「よーく手足を動かせ! ばたつかせるんだ!」

「そんなっ!」


 ロザリンは水面でしばらくあがいていたが、やがて沈んでその姿が見えなくなった。


「……本当に泳げないのか?」


 まさか本当にロザリンが泳げないとは思っていなかったらしく、青年は身につけていたマントと剣を岩の上に置くと、急いで湖に飛び込んだ。


 その湖は明度が高く、奥の方まで陽の光が差し込んでいた。そのお陰で、青年はすぐにロザリンを見つけることが出来た。


 いつの間にか、編んだ髪を押し込んでいた帽子が脱げていた。差し込んでくる陽の光を浴びたロザリンの豊かな髪が解けて、きらきらと水の中で輝いている。顔を汚していた泥が水で流れ落ちて、ロザリンの白い肌が浮かび上がる。

 その姿は可憐で、まるで水の中に白い花が咲いているように思えた。


 助けにきた青年は、そのロザリンの姿に思わず息を呑んだ。

 光を浴びてきらきらと輝く髪に、透き通るように白い肌。誘うようにかすかに開いた唇は桃色で艶めかしかった。

 青年は知らぬ間に心を奪われてロザリンに見惚れていたが、彼女の口からごぼっと気泡が漏れるのを見て我に返った。そして慌ててロザリンの体を腕に抱いて水面に上がる。


 ロザリンを抱きかかえたまま泳いで水から上がった青年は、ぐったりとして意識の無い彼女を地面にそっと寝かせた。


「おい、起きろ。おい」


 ぺしぺしと頬を軽くて叩いても反応の無いロザリンに小さく舌打ちをした青年は、横たわるロザリンの顎にそっと触れた。


 そして顎に置いた指でロザリンの口を開かせて、その上から覆いかぶせるように自分の唇を重ねて息を吹き込む。

 少しして唇を離し大きく息を吸い込むと、再びロザリンの唇に自分の唇を重ねて、ゆっくりと息を彼女に吹き込んだ。


 二度息を吹き込んだ後、青年はゆっくりと唇を離してロザリンの顔を見た。

 脳裏に浮かんだのは水の中でのロザリンの姿だった。

 ただの薄汚れた子供を助けたつもりでいたが、水の中で長い髪がゆらゆらと揺らめいて、まるで可憐な少女のようだった。

 良く見てみれば、透き通るような白い肌に長い睫毛。これは一瞬とはいえ女と間違えても仕方がない。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、いまだ意識の戻らないロザリンに再び息を吹き込もうとして青年がロザリンの唇に自分の唇を重ねた瞬間だった。

 ぱちっとロザリンが目を開けた。

 唇を重ねたまま、青年とロザリンの視線がぶつかる。


「きゃあああっ! 嫌あっ!」


 耳をつんざくような悲鳴が上がり、手足をばたつかせたロザリンの膝が青年の腹を直撃した。


「うっ……っ!」


 腹をロザリンに膝蹴りされた青年は痛みに悶えてその場にうずくまっている。

 ロザリンは自分の唇を手の甲で何度も強く拭い、状況が理解出来ないまま、その場に座り込んで恐怖でガタガタと震えていた。

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