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23. 待たせてごめん

 ティエリーは夢を見ていた。


 のどかな田舎の小高い丘の上に、少女と二人で寝そべっていた。

 広く澄んだ青空を見上げながら、少女と将来の話をしている。

 来春の結婚式のこと、いつか生まれるであろう子供の名前をどうしようとか、そんなたわいのないことを話しながら、ティエリーは幸せを感じていた。

 ふいに少女が体を起こして、自分の顔を覗き込んだ。

 柔らかい栗色の髪、大きな(はしばみ)色の瞳。


 ……懐かしくて、愛しい。


「――ロザリン」




 ゆっくりと瞼を開けると夢の中と同じように、自分の顔を覗き込む大きな(はしばみ)色の瞳があった。けれど幸せそうに微笑んでいた夢の中とは違って、今、目の前にある瞳は涙で潤んでいた。


「ティエリー、気がついたのね。……良かった」

「ロザリン」


 泣きながら抱きついて頬ずりをするロザリンに、ティエリーは同じように彼女の頬に頬ずりを返した。

 ロザリンがびくっと顔を上げてティエリーを見る。


「……もしかして、思い出したの?」

「待たせてごめん」

「ずっと待っていたのよ?」


 ぽろぽろと溢れ出したロザリンの涙がティエリーの頬を濡らした。

 ティエリーは、そんな自分を覗き込みながら涙を零すロザリンの顔を両手で優しく包み、流れる涙を親指で拭う。


「すぐに迎えに行くつもりだったんだ。こんなに遅くなってごめん。……君の方が迎えに来てくれたんだね」

「だって、会いたかったの」

「私もだ」


 ティエリーがロザリンの顔を両手で包んだまま、自分の唇を彼女の唇に重ねた。


「ふふっ、わたしの涙の味がする」

「そう?」

「うん。……ねえ、わたしのこと、もう泣かせないで」

「もう絶対に泣かせない。約束する」


 ティエリーがロザリンの体を抱き寄せて、そのまま両手で強く抱きしめた。そうしてティエリーとロザリンはお互いの息が感じられる距離でしばらく見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。

 ティエリーとロザリンは離れていた時を埋めるように、何度も何度も見つめ合っては唇を重ねていた。




 ティエリーが目覚めたことを聞きつけたヴィクトルが部屋にやってきた。

 ベッドの上に体を起こして、その横にいるロザリンの肩を抱いているティエリーの姿を見たヴィクトルは、そっと視線を下に落とした。


「……兄上、気分はどうだ?」

「ヴィクトル、ロザリンから話を聞いたよ。色々とありがとう」

「……俺は別に、何もしていない」

「私はロザリンと結婚する」


 ティエリーの突然の言葉に驚いたヴィクトルが、表情を変えて顔を上げた。


「事故に遭う前のことを思い出したんだ」

「……記憶が、……戻ったのか」

「私達は、結婚の約束をしていた。必ず迎えに行くと言って帰らない私を、ロザリンが都まで探しに来てくれたんだ」


 ヴィクトルが目を見開いて、ティエリーの横にいるロザリンを見た。

 まるでティエリーの言葉を嘘だと言ってくれと言わんばかりのヴィクトルの瞳に、ロザリンは居たたまれずに目を伏せた。


「……ロザリンと結婚って、シャルレーヌはどうする気だ?」

「婚約は解消する。ロザリンを愛しているのに、シャルレーヌと結婚など出来ない。時間はかかるだろうが、ちゃんと話し合って分かってもらうつもりだ」

「……シャルレーヌとの婚約を解消するほど、……ロザリンを愛しているのか」


 表情を歪めて声を絞り出すヴィクトルに気づく様子もなく、ティエリーは微笑みながらロザリンの髪を撫で、その頬に口づけた。


「愛している。私達はずっと愛し合い支え合ってきた。それは、これからも変わらない」


 微笑みながら視線を絡ませる二人を、固く拳を握りしめたままヴィクトルは黙って見ていた。

 


 

 その後、ティエリーとロザリンは侯爵夫人の元へ結婚することを報告しに行った。


 シャルレーヌとの婚約を解消してロザリンと結婚するというティエリーの言葉に侯爵夫人は大層驚いていたが、それでも薄々そんな気配を感じ取ってはいたらしかった。


「あなた達を見ていると何となくそんな気配はしたけれど、婚約解消だなんて。まさか本当にそんなことを言い出すとは思わなかったわ……」


 頬に手を当てて溜息を吐きながら、侯爵夫人が二人を見た。


「なるべく早いうちにシャルレーヌとノアイユ公爵に婚約解消の話をするつもりです。すぐには難しいでしょうが、どれだけ時間がかかっても待つとロザリンが言ってくれているので、誠意を示してどうにか納得してもらうつもりです」

「……あちらが納得して婚約解消の運びになるのであれば、わたくしには何の異存もありません。ヴァロワ家の次期当主はあなたです、ティエリー。好きなようになさい」


 侯爵夫人からの結婚の許しを得たティエリーとロザリンは、喜びに顔を見合わせた。

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