21. 嵐のような激しさ
人気のない夜の庭で、ロザリンは一人で膝を抱えながら考え事をしていた。
食事を取っているのに、ティエリーは栄養不足で倒れて意識が戻らない。
自分が作ったスープの中に入れた覚えのない食材が入っていた。
あれが何なのか、誰が入れたのか。調べたいのに、そのすべがない。
どうしたら良いのか分からずに、ロザリンは困り果ててしまった。
自分一人でどうにか解決しようと思っても、ロザリンはあまりにも無力だった。
誰かを頼るにしても、誰を頼ったらいいのかが分からない。
……奥様? 主治医のアルベール先生? ……それとも。
ふとヴィクトルの顔が思い浮かんで、ロザリンはそれを打ち消すように慌てて頭を振った。
あれだけ酷いことを彼にしておいて、助けてくれなんて虫が良すぎる。
きっとヴィクトルだって、わたしのことを怒って恨んでいるはず。
……それに、もしかしたら。
何度もそんなことは無いと否定しても浮かんでくる考えを、ロザリンは頭の中から追い払えずにいた。
ティエリーはこのヴァロワ侯爵家の長男で、ヴィクトルは次男。ティエリーがいなくなれば、跡を継ぐのはヴィクトル。ずっと行方不明だったティエリーが帰ってきたことを、もしヴィクトルが不都合に思っていたら?
……わたしとティエリーのことを、もしヴィクトルが恨んでいたら?
「……違う、ヴィクトルはそんな人じゃない。……ヴィクトルは優しい人よ、いつだってわたしを助けてくれた。……違う、違うわ」
あんな酷いことをしておいて、その上さらにヴィクトルを疑うなんてと自分の身勝手を責めた。それでも、どうしたら良いのか分からずにロザリンは、いつまでも一人で膝を抱えて座り込んでいた。
「――ロザリン?」
誰もいないはずの庭に、ロザリンの名を呼ぶ声が響いた。
抱えた膝に顔を伏せていたロザリンが、その声にびくっとして頭を上げた。そして、こちらに向かって歩いて来るヴィクトルに気づいて慌てて立ち上がる。
「こんな遅い時間にどうしてこんな所に一人でいるんだ? 兄上が倒れたと聞いたが、大丈夫なのか?」
どうしても頭から消せないヴィクトルに対する疑いに怯えて、ロザリンは思わず後ずさった。
「……ロザリン? 何かあったのか?」
「……あの、ティエリーのスープに、その、覚えの無い物が入っていて、……」
優しい人だとは知っていても、それでもヴィクトルを信用しきってもいいのか分からずに、ロザリンの返事はしどろもどろになる。
ロザリンの言葉に驚いたようにヴィクトルは目を見開いた。
「兄上の食事に、誰かが何かを混入させたと言いたいのか」
こくりとロザリンは頷いた。
「それで、それが何か、誰が入れたのかは分かったのか?」
ふるふるとロザリンが首を振る。
「……調理場に聞きに行ったけど、相手にしてもらえなくて」
「それなら何故、俺を頼らないんだ?」
ぱっと顔を上げたロザリンが、気まずそうに目線を逸らしながら下を向く。
「……だって、その……誰が入れたのか、……分からないから」
ロザリンがそう口にした途端に、ヴィクトルの表情が変わった。
「……お前、……まさか、俺を疑っているのか?」
怯えたように体を縮めたロザリンが、上目遣いでヴィクトルを見ながら後ずさる。じりじりと一歩ずつ後ろに下がり、背後にあった大木に背中をぶつけてロザリンの足が止まった。
そんなロザリンに、目を見開き首を振りながらヴィクトルが近づいて来る。
「……お前は、俺が兄上にそんなことをすると本気で思っているのか? ……どうして? どうして俺がそんなことをすると思うんだ?」
明らかに困惑した表情で近づいて来るヴィクトルに、どう答えたらいいのか分からずに、ロザリンは視線を彷徨わせた。そんなロザリンの返事に詰まる様子を見たヴィクトルの足が止まる。
「……まさか、……俺がお前のことを好きだから? だから俺が兄上を害すると思っているのか? ……お前は俺のことをそんな卑劣な男だと思っているのかっ。 ……よくもっ!」
烈火の如く怒ったヴィクトルは、大木に両手をついてロザリンを燃えるような目で睨みつけた。
その怒りように、やっぱりヴィクトルではなかったのだと安堵しながらも、ロザリンは自分に向けられた激しい眼差しに震えていた。
「……あ、あの、ヴィクトル。……疑ってごめんなさい、わたし」
「……お前は俺の気持ちを知っていて! ……知っているくせに! 許せない!」
木を背にして逃げられないロザリンを両手で囲い込むようにして、ヴィクトルは強引にロザリンの口を自分の唇で塞いだ。
「……んんっ」
「俺の気持ちを知っているくせに! 俺を疑うなんて!」
怒りのままに何度も激しく唇を重ねて来るヴィクトルの体を必死に押しのけて、ロザリンはそこから逃げ出した。
「嫌っ!」
そんなロザリンの腕を掴んで引き戻したヴィクトルが、ロザリンの顔を両手で挟んで逃げられないようにして、再び力づくで唇を重ねた。
ロザリンは自分の顔を捕らえるヴィクトルの手を放そうともがくが、力で敵うはずもなく、されるがままに唇を塞がれていた。
「ん、んんっ」
「好きだ好きだ。……お前が好きだっ」
ロザリンはヴィクトルの熱に取り込まれてしまいそうになるのを懸命に耐えていた。その目もくらむような激しさに必死に抗いながら、ヴィクトルの唇をがりっと噛んだ。
ヴィクトルがロザリンの顔から手を放して、唇から流れる血を手の甲で拭う。
はあはあと肩で息をしているロザリンを見下ろしたヴィクトルは、やがて口を開いた。
「手を貸してやる。ただし、二度と俺を疑うな」
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