17. それぞれの気持ち
それからも毎日のようにダンスの練習は続いた。ティエリーとロザリンは練習の甲斐もあって日に日に上達し、それに比例するように二人の仲も少しずつ近づいて行った。
ティエリーは、ロザリンのことを不思議な娘だと思っていた。
顔を見ただけで食の好みが分かるというロザリンは、何も指示しなくても自分の考えていることが分かるらしい。喉が渇いたと思ったら水が出てきて、休みたいと思ったらベッドは整えられている。天気がいいから散歩をしたいと思っていたら、外を歩きませんかと誘ってくる。
それを押し付けるでもなく、にこにこと嬉しそうに動いているロザリンは、いつの間にかティエリーにはとても居心地の良い存在になっていた。
「わあっ、素敵なお庭ですね」
ロザリンが屈託のない笑顔をティエリーに向ける。
室内でダンスの練習ばかりでは気が詰まる。たまには散歩でもしようと、ティエリーが庭にロザリンを連れ出したのだ。
近頃ティエリーはロザリンのこの笑顔を見る度に、何とも言えない感情が自分の胸に押し寄せてくるのを感じていた。
それは、どこか懐かしくて甘い。その気持ち何なのか自分でもよく分からない。
ティエリーはふと目に入った白い一重のバラを一輪手折って、それをロザリンの髪に挿した。
ふふっと自分に微笑みかけるロザリンが、たまらなく可愛らしく思える。
髪に挿したバラに手を当てたまま、はにかむように自分を見上げるロザリンの頬に、ティエリーはそっと触れた。
ロザリンは、優しい眼差しで自分を見るティエリーの顔色が良くなったことにほっとしていた。
少しずつ食べられる物も食事の量も増えてきていた。栄養不足で倒れることも無くなったし、このまま以前のような元気なティエリーに戻ってくれたら。
あなたがわたしを忘れてしまっても、こうして側にいられることが嬉しい。
穏やかに笑うあなたを見ているだけで幸せ。そう思いながらロザリンはティエリーを見上げた。
ロザリンとティエリーは見つめ合い、微笑み合っていた。そうしているうちに自然と視線が甘く絡み合う。
そこへ眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしたヴィクトルが現れて、二人の方へ歩いて来た。そしてロザリンの腕を掴んでティエリーから引き離し、その両肩を掴んだ。
「――兄上を見るなと言っただろう」
「そんなこと無理よ。だって、わたしは若様の侍女よ」
「あれが侍女のする目つきかっ!」
ヴィクトルに自分の心を見透かされているような気がして、ロザリンは思わず下を向いた。
ロザリンの髪に挿された白いバラを、ヴィクトルが腹立たしそうにちらりと見た。そして、気持ちを落ち着けるようにふうーっと大きく溜息を吐いたヴィクトルは、手に持っていた物をロザリンの前に出して見せた。
それは、白蝶貝で作られた白い花の周りを蕾に見立てた真珠で飾った髪飾りで、その繊細で美しい造りにロザリンは息を呑んだ。
「お前にやる」
「……こんな高価な物、受け取れないわ」
「つけてやる」
あまりにも高価すぎるヴィクトルからの突然の贈り物に、ロザリンはたじろぎ後ずさった。
ヴィクトルがそれを気にせずに、ティエリーが挿した白いバラをロザリンの髪から引き抜こうとするのを、ロザリンがその手で止めた。
「わたしは、この花が気に入っているの」
「……お前が喜ぶと思って作らせたんだ。使わないなら、部屋にでも飾っておけ」
そう言って、ヴィクトルはロザリンの手を取って髪飾りを握らせようとした。けれど、ロザリンは手をぎゅっと握りしめてそれを受け取ろうとしない。
「無理よ。こんな高価な物、わたしの部屋には置いておけないわ。……ヴィクトル、こういうことは、あなたの特別な人にしてあげて。わたしはただの使用人よ」
ロザリンのその言葉にギリッと唇を噛んだヴィクトルは、燃えるような目でロザリンを睨みつけた。
「お前の為に作らせたんだ! お前が喜ぶと思って! ……いらないなら捨てろ!」
怒りにまかせて持っていた髪飾りを地面に叩きつけたヴィクトルは、そのまま何も言わずに去って行った。
ロザリンはヴィクトルを酷く傷つけてしまったことを申し訳なく思いながら、それでも自分が愛するのはティエリーなのだと、自分に言い聞かせるようにヴィクトルの後姿を見続けていた。
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