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15. ときめきと後ろめたさと

 ロザリンはティエリー付きの侍女として働くことになった。


 礼儀作法も身についていない田舎から出てきたばかりのロザリンが、洗濯下女からいきなり侯爵家嫡男の侍女に抜擢されたことで、一体どんな手を使って奥様に取り入ったのか、ヴィクトル坊ちゃまからティエリー若様に乗り換える気かと、ロザリンは口さがない使用人達の噂の的になっていた。


 けれど、当のロザリンにはそんなことはまったく気にする様子はなかった。

 ただティエリーの役に立ちたい。例え彼が自分を忘れてしまっても、側にいられるだけで幸せ。ロザリンはそう思っていた。


 そんなロザリンは急な呼び出しを受けて、侯爵夫人の部屋に来ていた。

 知らぬ間に自分が何かをしでかしてしまったのかもとびくびくしながら控えているロザリンに、笑いながら侯爵夫人が話しかける。


「あらあら、そんなに怯えなくても大丈夫よ。……そんなことより、ねえあなた、これを見て?」


 侯爵夫人の優しい口調にほっとして、ロザリンはおずおずと顔を上げた。すると、部屋の中には所狭しとばかりにドレスが並べられていた。


 贅沢にレースが使われたドレスや鮮やかな花柄のドレス。淡い色合いのふんわりとしたドレス。並べられたドレスはどれも華やかで美しく、ロザリンは思わず目を奪われてしまった。

 村で一番の仕立て屋でも、こんなに豪華なドレスは見たことが無い。


「これを貰って欲しくて、あなたをここへ呼んだのよ」


 きょとんとするロザリンに、通じなかったかしらとばかりに小首を傾げた侯爵夫人が話を続ける。


「これはね、わたくしが娘時代に着ていたドレスなの。とても気に入っているのだけれど、もうこの歳ではさすがに着られないのよ。だから、あなたが貰ってくれると嬉しいわ」

「……こ、こんな高価なドレス、頂けませんっ。わたしには勿体無いですっ」


 ただの田舎の村娘のロザリンは、こんな美しいドレスは目にするのも初めてだった。ドレスなんて着たことも無いし、着こなせる訳もない。それを自分に貰って欲しいと言われてもと、ロザリンは気後れして腰が引けてしまっていた。


「あなたはティエリー付きの侍女になったのよ? ドレスは必要でしょう?」


 それでもまだ躊躇(ためら)うロザリンに、侯爵夫人が頬に手を当てながら首を傾げた。


「ティエリーに恥をかかせるの?」


 そう言われると、ロザリンはもう何も言えなくなってしまった。身に余るドレスだと恐縮しながらも、ありがたく受け取ることにした。





「――――失礼致します」


 初めてのドレス姿に気恥ずかしさを覚えながら、ロザリンはティエリーの部屋に入った。


 着せてもらった胸元が少し開いた淡いピンクのドレスは、ロザリンの白い肌を引き立てて見せた。明るい栗色の髪はふんわりと結い上げられて、ロザリンの華奢な首が露わになっている。


 食事を取るようになったとはいえ、数日前に倒れたばかりのティエリーはまだベッドの上にいた。その横にヴィクトルが立っていて、楽しそうに二人で話をしている。


「……ロザリン?」


 ドアの前でもじもじとしているロザリンに気づいたティエリーが声をかける。ロザリンは恥ずかしそうに顔を上げて、こくりと頷いた。


「とても素敵だね。見違えたよ」


 ロザリンは、こんな素敵なドレスを田舎者の自分に着こなせるのだろうかと不安でいっぱいだった。似合わないと笑われるかもしれないと心配していたロザリンは、ティエリーの優しい言葉が嬉しくてたまらない。


 ふとヴィクトルはどう思うだろうかと気になったロザリンが顔を上げると、いつの間にか彼は目の前に来ていた。そしてその目を見開いて、まじまじと食い入るようにロザリンを見ている。


「…………本当に、ロザリン?」

「そうよ」

「……綺麗だ」

「ありがとう」


 恥ずかしいような嬉しいような、くすぐったい思いでロザリンが目線をやると、ヴィクトルが目を細めて眩しそうにこちらを見ている。その黒い瞳にじっと見つめられたロザリンは、恥ずかしさで思わず顔を真っ赤にして(うつむ)いた。

 そんなロザリンの耳元でヴィクトルが囁く。


「キスしてもいい?」


 ヴィクトルが(うつむ)いているロザリンの頬を両手で挟んで上を向かせた。

 少しずつ近づいて来るヴィクトルの顔に、躊躇(ためら)い戸惑いながらロザリンが目線を逸らすと、その向こう側にこちらを見ているティエリーが見えた。


「……嫌っ」


 ロザリンは思わず、両手でヴィクトルの体を突き飛ばしてしまっていた。

 ヴィクトルは呆気に取られてロザリンを見、ティエリーは何事かと心配そうにベッドの上から二人の様子を窺っていた。

 そんなヴィクトルとティエリーを交互に見たロザリンは、顔を強張らせながら震えていた。


「あの、……ごめんなさいっ」


 ロザリンはそう言って部屋を飛び出して行った。


 ロザリンが出て行った後を呆然と見ているヴィクトルに、ティエリーが後ろから申し訳なさそうに声をかけた。


「私がいたから恥ずかしかったのかな。悪いことをしてしまったね」

「……いや、兄上のせいじゃない。ロザリンは最近様子がおかしいんだ」


 どこか寂し気に呟くヴィクトルに、ふと思い出したようにティエリーが口を開く。


「そういえば、あの子は髪に飾りをつけていなかったね。他の侍女たちは皆つけているのに」

「ロザリンは田舎から出てきたばかりだから、きっと持っていないんだ」


 そう言うとヴィクトルは、何かを決めたような顔をしてティエリーを振り返った。

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