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13. あなたを想いながら

「――――ロザリン、お前、料理が出来るのか?」


 驚いた顔で自分に尋ねるヴィクトルに、逆に呆れてロザリンは言葉を返した。


「わたしは貴族でも何でもない、ただの村娘よ。自分で料理が出来なくて、誰がしてくれるのよ?」

「……へえ、驚いた。それなら、兄上の為に何か作ってみるといい」


 通常なら通るはずのない自分の要求をあっさりとヴィクトルが受け入れてくれたことにロザリンがほっとしていると、側にいた侍女が慌ててそれを遮る。


「ヴィクトル坊ちゃま、なりません! こんな礼儀もわきまえない卑しい下女に、若様のお口に合う料理が作れるはずがありません。きっと、何かを企んでいるに違いありません!」

「いいえっ、違います! 何も企んでなどいません! わたしはただ……」


 侍女がロザリンの腕を掴んでヴィクトルから引き離そうとした時、ギイッと音を立てて部屋の扉が開いて、侯爵夫人が主治医のアルベール先生を連れて中に入って来た。


「……ティエリーがまた倒れたと聞いて、アルベール先生と一緒に来てみれば、これはどうしたことかしら? 何を騒いでいるの?」

 

 淡いクリーム色の髪を高く結い上げた侯爵夫人は、小首を傾げながら部屋の中を見渡していた。主治医のアルベール先生はベッド脇に駆け寄り、ティエリーの容態を確認するために膝をついた。


 侍女が突然現れた侯爵夫人に驚いて、ロザリンを掴んでいた手を放して後ろに下がる。

 初めて目にするヴァロワ侯爵家の女主人の優雅な姿に圧倒されながらも、ロザリンは意を決してその前に進み出た。


「奥様、お願いです。わたしに若様の食事を作らせてください」


 すると侯爵夫人はロザリンの言葉に不思議そうに首を傾けた。


「本職の料理人が作ってもティエリーの口には合わないのに、どうしてあなたは自分が作れると思うのかしら?」

「……それは、あの、わたし、何となくですけど、若様の好みが分かるような気がするんです」

「それは何故?」


 優しく穏やかな口調で追及する侯爵夫人に、何と言えば疑われずに食事を作らせてもらえるのかロザリンが必死に頭を働かせていると、ヴィクトルが後ろから声を上げた。


「ロザリンが作りたいと言っているのだから、試してみればいい。どうせ、この屋敷には兄上の口に合うものを作れる料理人はいないのだし。もしロザリンの料理が口に合って兄上が元気になってくれれば、こんなに嬉しいことは無い」


 ヴィクトルの言葉を困ったように聞いていた侯爵夫人は、ティエリーの容態を確認していた主治医のアルベール先生に声をかけた。


「アルベール先生、ティエリーの容態はどうでしょう?」

「……薬だけでは栄養が到底足りません。どうにかして、今すぐにでも何か召し上がって頂きたいのですが」


 まるでお手上げだとでも言うように首を振る主治医の様子に、侯爵夫人は小さく溜息を吐いてその口を開いた。

 

「……仕方ないわね。試しに、あなたにお願いしてみようかしら」

「本当ですか? ありがとうございます!」





 ヴィクトルに調理場に連れて来てもらったロザリンは、すぐにエプロンを借りて準備に取り掛かった。


 洗濯下女が調理場に何をしに来たのだと、料理人達の視線が痛い。

 ヴァロワ侯爵家で何年も料理を作り続けてきた自分達の料理が口に合わないのに、田舎から出てきたばかりの料理人でもない小娘に何が出来るという、聞こえよがしの陰口がロザリンの耳に入って来る。


 自分のしていることが彼らのプライドを傷つけていることは分かっていた。けれど、今のロザリンには彼らを気遣っている余裕など無い。真っ青な顔で倒れているティエリーの姿が頭から離れなかった。


 ヴィクトルが側にいてくれなかったら、どうなっていたことか。

 洗濯下女でしかない自分がこの屋敷の中に足を踏み入れることが出来たのも、こうしてティエリーの為に料理が出来るのも、すべてヴィクトルのお陰だった。


 ロザリンがちらりと後ろで見守っているヴィクトルに視線をやると、頑張れとばかりにこちらを見て微笑んでいる。いつもどこにいても変わらない彼の優しさに勇気づけられたロザリンは、ふうっと息を吐いて料理に取り掛かった。


 ティエリーとは十年以上生活を共にし、食事を作って来たのだ。ロザリンは、ティエリーの食の好みをよく分かっていた。

 料理人の作る食事がティエリーの口に合わず食べられないと言うヴィクトルの言葉。

 ロザリンはその理由に、何となく見当がついていた。おそらくティエリーには香辛料が強くて、味が濃いのだ。


 村にいた時、ティエリーは薄味を好んでいた。

 元々は都の濃い味付けに慣れていたのかもしれないが、塩以外の調味料など田舎ではそう簡単には手に入らないし、あったとしても手の届く値段ではない。

 その代わり肉や野菜は都で食べるよりも新鮮だった。

 

 だから、自然と食材そのものの味を活かすような料理が多くなり、いつの間にかティエリーもそれに慣れて薄味を好むようになった。

 そして、常に新鮮な物ばかり食べていたからか、時間が経って臭みが出た肉などは食べられなかった。


「……とは言っても、倒れるほど弱っているなら、肉はもう少し食べられるようになってからの方がいいわよね。そうすると野菜……。スープがいいかしら」


 ロザリンの独り言を聞きつけた料理人がぷっと吹き出した。


「野菜スープだって? そんな物しか作れないくせに偉そうなことを言ったのか。これだから田舎者は困る」


 料理人達が一緒になってげらげら笑っているのを気にせずに、ロザリンは野菜を選び始めた。野菜なら何でもいいという訳でもない。ティエリーは苦みやえぐみのある野菜も苦手だった。

 ロザリンはなるべく煮込んだ時に甘味の出る野菜を選んで手に取った。


 そして、弱っているティエリーが食べやすいように野菜を小さく切っていく。それから、それを時間をかけてじっくり煮込み、野菜の旨味がしっかり出ているのを確認してから少量の塩で味を調えた。

 ロザリンが最後の味見をしていると、ティエリーに付き添っていた侍女が彼の意識が戻ったとヴィクトルに報告に来た。


 ロザリンはその野菜スープを持って、ヴィクトルと共にティエリーのいる部屋へと向かった。

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