表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

11. 三人の正妻

 一晩中泣き続けて、瞼を腫らし酷くむくんだ顔をしていたロザリンは、さらに泣いたせいで目が充血し、鼻まで赤くなっていた。


「――さすがに、ちょっと泣き過ぎじゃないか?」

「誰のせいだと思っているのよ」


 他人事のように言うヴィクトルを、ロザリンは腫れた瞼のまま睨みつける。そんなロザリンを笑いながら、ヴィクトルは少しだけここで待っていろと言い残して走って行った。

 ロザリンが泣き過ぎて頭がぼんやりとしたままで待っていると、ヴィクトルがすぐに走って戻って来た。


 ヴィクトルはどこからか濡らしたハンカチを持って来ていた。それをロザリンの腫れた瞼に当て、彼女の手に持たせた。そして、そのままロザリンを抱きかかえて横の芝生の上に胡坐を組んで座り、その上に彼女を座らせた。

 ヴィクトルは片手でロザリンの体を支え、反対の手でロザリンの瞼に乗せた濡れたハンカチを押さえた。


「しばらくこうしていればいい」


 泣きはらして熱を帯びた瞼には、濡れたハンカチが冷たくて気持ちが良かった。ヴィクトルに申し訳ないと思いながらも、ロザリンの心にその優しさがじんわりと沁みる。


「……ヴィクトル、……ごめんなさい。……ありがとう」

「悪いと思うなら、俺がキスしても泣かないようになれ」

「あれはっ、別に、キスされたから泣いたわけじゃなくて、その……」

「じゃあ、今、お前にキスしてもいいのか?」


 急に近づいてきたその声に、ロザリンは慌てて瞼に乗っているハンカチを取ってヴィクトルを見た。ヴィクトルの濡れたような黒い瞳が目の前にある。

 ヴィクトルが自分をからかっているのか、それとも本気なのか分からない。ロザリンは戸惑いながらヴィクトルを見た。


 そんなロザリンを見て、ヴィクトルはふっと笑いながら、ロザリンが持っているハンカチを取り、再びそれを彼女の腫れた瞼の上に乗せた。


「そんなに驚かなくても、これ以上、お前の瞼を腫れさせるようなことはしない。……するなら、腫れが治まってからだな」


 ヴィクトルはロザリンの体を抱きかかえながら、その頭にこつんと自分の頭をくっつけた。


「腫れが治まったら、お前が泣くかどうか、試してみてもいいか?」

「……いいわけないでしょ。何を言ってるのよ、もう。からかわないで」 


 瞼の上に濡れたハンカチを乗せたまま、ロザリンはぷいっと顔を背けた。ヴィクトルは何も言わずに、ロザリンが頭をうごかしてずれたハンカチをまたその瞼の上に乗せた。




 しばらくの間、ヴィクトルの膝の上で濡れたハンカチで冷やしたお陰で、ロザリンの瞼の腫れはだいぶ引いてきた。

 気遣うようにロザリンの顔を覗き込むヴィクトルの黒い瞳を見ながら、ロザリンがふと呟く。


「――兄弟でも、瞳の色が違うものなのね」

「うん? ティエリー兄上のことか?」


 自分の言葉を聞きつけたヴィクトルがティエリーの名前を口にしたのを聞いて、ロザリンはどきっとした。

 そんなロザリンの胸中に気づくことも無く、ヴィクトルは言葉を続ける。


「兄上と俺は、母が違うからな。俺の父には正妻が三人いて、最初の正妻がティエリー兄上の母君で、俺の母は二番目、今の義母は三番目だ」


 正妻が三人という状況が、ただの田舎の村娘のロザリンには理解が難しく混乱してしまう。


「……正妻が、三人?」

「兄上の母君は侯爵家の出なんだが、病弱で医者にかかりきりだったらしい。愛妻家だった父は怪しい祈祷師にまで頼って金を巻き上げられたらしくて、兄上の母君が亡くなった時にはヴァロワ家は多額の負債を抱えていたんだ」


 ずっと濡れたハンカチを当てていたせいで、ロザリンの前髪が湿って額に張りついていた。それを指ですくって整えながら、ヴィクトルは話を続ける。


「そこで父は、資産家の娘だった俺の母と持参金目当てに結婚したんだ。だが平民の俺の母には侯爵家の正妻の座は負担だったらしくて、俺を産んでしばらくして母は死んだ。三番目の今の義母は伯爵家の出で、俺にはこの義母が産んだ弟もいる。だから、ヴァロワ侯爵家には、それぞれ母の違う嫡子が三人いるんだ」


 複雑な貴族の家の事情に圧倒されながら、ロザリンは黙ってヴィクトルの話を聞いていた。


 ということは、ティエリーはヴァロワ侯爵家の嫡男で、ヴィクトルはその異母弟になるのかとロザリンが頭の中で整理していると、いつの間にかヴィクトルの黒い瞳が目の前にあった。


「腫れが治まったな」

「……え、何?」


 少し前のヴィクトルの言葉を思い出したロザリンが、どきっとして体を後ろにそらすと、それに気づいたヴィクトルがぷっと吹き出した。


「お前、今、期待しただろう?」

「な、何のこと?」

 

 顔を赤くしながら立ち上がって話を逸らそうとするロザリンに、ヴィクトルが笑いながら言う。


「俺にキスされると思ったくせに」

「思ってない!」

「じゃあ、お前の顔が赤いのはどうしてだ?」

「赤くない!」


 ヴィクトルの追求から逃げるように走り出したロザリンをヴィクトルが追いかける。

ブックマーク、評価など頂けると励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ