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「…高坂さん、前に『君とはセックスしない』って言ってなかったっけ?」

完全に友人枠に入ったからこそ、こんなにざっくばらんに話せるのだ。


「正確には『あなたは性の対象ではない』と言った。七年前の今日に。」

「そうだっけ?そんなに前かー。記憶力いいね。あれって私としたくないって意味だと思ってたけど、もしかして高坂さんはストレートじゃない?ゲイだった?ごめん、今までなんか失礼なこと言った?」

「いや、僕はストレートだよ。女性が性の対象。」


そっか。まあ私としたくない、イコール、ゲイだっていうのも安直か。

単に、私が好みではないのだろう。


「杏さん、七年前の今日はエイプリルフールだよ。」

「そうだね。今日はエイプリルフールか。意外にいい感じの嘘って思い浮かばないんだよね〜」

「僕は毎年嘘ついているけど、杏さんに。」

「そうなの?」

杏はびっくりして高坂を見た。


「うん。

七年前は『あなたは性の対象ではない』と言った。

六年前は『あなたとはここで会うだけの関係が心地いい』と言った。

五年前は『あなたは妹のような存在だ』と言った。

四年前は『僕は愛してるとか好きだとかは言わない』と言った。

三年前は『僕は一人の人に執着したりしない』と言った。

二年前は杏さんは来なかったね。

去年は『結婚とか束縛されるのは嫌だ』と言った。」


覚えてる?と高坂が杏を見た。


「そう…だったかな、そうかもね。」


え、なんかだいぶディスられてない?てか高坂さんだいぶひどい人じゃない?


「エイプリルフールだよ。全部嘘だ。」

杏が思っていることを感じたのか、高坂が重ねて言う。


え、待って。今のが全部嘘ってこと?嘘の反対が本当ってこと?

じゃあ『あなたは性の対象ではない』というのは『あなたは性の対象だ』に変わるの?


そうなると。


『あなたとはここで会うだけの関係が心地いい』は、『あなたとはここで会うだけの関係でいたくない』


『あなたは妹のような存在だ』は、『あなたは妹のようにはみれない』


『僕は愛してるとか好きだとかは言わない』は、『僕は愛してるとか好きだとか言う』


『僕は一人の人に執着したりしない』は、『僕は一人の人に執着する』


『結婚とか束縛されるのは嫌だ』は、『結婚とか束縛されるたい』


それが本当ってこと?


でも。例えば誰かが『あなたのことは嫌いだ』と言ったとして、それが嘘だとすると、本当のことは『あなたのことは嫌いではない』ということになるってことだよね。ただ、嫌いではないということが、だから好き、ということと必ずしもイコールになるとは限らないのでは。


だから嘘の反対が本当というわけでも…ない?


…やばい、頭が働かない。


杏はチラリと空のグラスを見た。もう一杯頼もうか。飲んだら落ち着く気がする。


「サリナさん、杏さんにお冷やあげて。」

高坂がサリナに声をかける。

「いや!もう一杯マティーニで!」

杏は慌てて言う。


「だめだよ。これ以上飲んだら酔っ払っちゃうでしょう。」


…ぜひそうしたいんですけど。


「えっと、話は分かった。今まで高坂さんは嘘ついてたってことでしょう?でも全部は嘘じゃないよね。他にもいろいろ話したよね?」


エイプリルフールだからといって話の全てが嘘なわけでもあるまい。


「嘘に本当を混ぜるからリアリティーが出るんじゃないか。」

高坂は肩をすくめた。


くすくすと笑いながらサリナが水を杏に差し出した。

りくくんは一途ね。」


杏はそれを一気に飲み干した。冷たい水が喉を滑り落ちていく。気持ちいい。


…あれ?何かを見落としてるような。


あ。


「じゃあ、今年の嘘は『結婚しよう』ってやつ?」


なんだ、本気に捉えちゃったじゃない。少し肩透かしを食って気分になったのはナイショだ。


「それは本当。今年の嘘は『あなたとは一生死んでも結婚したくない』」

「え、ずるくない、後出し。先に言った方が優先でしょう。」


「嘘に本当を混ぜるからリアリティーが出るって言ったじゃないか。」


え、この人開き直ったよ。


「といいますか。リアリティーうんぬんじゃなくて矛盾してるじゃない。」

「ふふふ。杏さんのその何事も真面目に取るところ好きだよ。」

「それも嘘ね。」

「どうだと思う?」

高坂は流し目で杏を見た。


うっと杏は詰まる。


高坂さんは時々ムダに色気を垂れ流すのだ。ドキリとさせられてことは一度や二度ではない。


「じゃあ高坂さんの話は全部嘘ってことで。」

杏が強引にまとめた。

「エイプリルフールにはね。」


?????

訳がわからない!!!


「僕の話が本当かどうか、確かめる手段があるんだけど。する?」

「…そうね。このままモヤモヤするのはムズムズするわね。」


週末に頭を働かせたツケは払ってもらおうじゃないか。


「今から杏さんの家に行って、もちろん僕の家でも大歓迎だけど、一緒に夜を過ごして、明日の朝、また僕に聞いてみればいい。明日は僕は嘘はつかないよ。それが答。どう?」


え、それって…


「いやあ。それはどうかしらね。ははは。高坂さんもう酔ってるのかなー?」


杏は冗談にして流そうとしたが、高坂はじっと杏を見つめてニコリともしない。

高坂の視線に負けた杏は顔を赤らめて俯いた。


「八年分の嘘と本当、すべて杏さんにあげるから。」

ふふふと笑った高坂は、カウンターの上でぐっと握りしめていた杏の左手の拳に自分の手を重ねた。


ええええええ

ちょっ、ちょっと待って


杏は自分の手を引き抜こうとしたが、高坂は離してくれない。ふっと高坂の手の力が緩んだ隙にもう一度手を引き抜こうとしたが、手を滑らせようと掌を開けた瞬間に、逆に指を絡められてしまった。


絡まる指。伝わってくる体温。


思わず高坂を見つめてしまった杏は、高坂が今までにないくらい醸し出している色気に負けを悟った。


はくはくと口を開閉させた杏は、

「おっお手柔らかに…」

と言うのが精一杯だった。

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