兎狩り
「……ほう」
「幻影事件が全部の発端なんでしょ。未紗那先輩の目を覚まさせるには物的証拠を掴んだ形で幻影事件を解決すればいい。そう思ったんです。でも俺みたいな一般人にはしようとおもっても出来ないと思います。志だけならどれだけでも言える。本気で解決する為には人脈が必要なんです」
「それで俺に……よし。じゃあテーブルにつかせてもらおうか。その条件を呑むとして……お前は何を差し出せる? シキミヤウズキ」
「…………検討を、承諾に変えます」
「いいのか? 簡単に決めちまって。それはお前の最大最高の手札だ。一生に一度しか使えないっつっても過言じゃねえ。いいのか? 本当にいいのかよ」
「差し出せる物がそれしかないなら、切ります。ただ、前払いは嫌です。きっちり幻影事件の真相を解明出来るまでは―――差し出したくないですね」
「ああ、それで結構。オーケーなら交渉成立だ。約束分はきっちり働かせてもらおう。精々信じてくれた分は働いてやるさ。ヒッヒッヒ。ああ失礼。つい変な笑い方をしちまった。次はこっちの用事だよな」
「俺に話したい事……事情って何ですか?」
「まあこっちの動きを教えてやらねえとミシャーナ関連はやりづれえだろ。ぐだぐだ話してても仕方がねえから結論から言うか。今夜、ミシャーナは動く。仕事は仕事でも夜の仕事だ」
「そこは分かってます」
しかしただ止めに行くだけでは効果がないと思われる。だから俺は幻影事件という根本から切り込もうと思った。
「ただ、今回のターゲットは普通の人間じゃねえ。ちゃんとした規定者だ」
「……俺がいないのによく規定者だって分かりましたね」
「そりゃ物理法則のおかしい動きをしてたからな。いやあでも……あんな好戦的な奴は初めて見たぜ。シキミヤ、てめえは特定の目印から目印に瞬時に移動する規定を知ってるか? 知らねえならそれは別にいい。てめえの責任じゃねえ」
「……『距離』の規定、じゃないですかね。もしかしてそのターゲットって羽儀兎葵っていう中学生くらいの女の子ですか?」
「ん? 知り合いか? そうさ、この国に構えてる支部に単身で乗り込んできやがった。ぎゃーぎゃー喚きながらミシャーナが来るまで暴れやがって、暗殺もやむなしって感じだな。なんて喚いてたかは現場に居なかった俺に言われてもって感じだが、どうも噂に踊らされただけってのは聞いたぜ」
…………噂。
ここに来てまたその単語を耳にすると、俺にも特殊能力が発現する。噂の中身がなんであるかは言われなくても想像がつく。本人は全く耳にしていないのに、人づてに聞いた噂が今日という日を何もかも崩している。本当に酷い。
「結局誰が噂を流してるんですか。凄く迷惑なんですけど」
「そっちはミシャーナから報告を受けてる。規定じゃないんだってな」
「あっはい。糸が視えないんで……多分、違うかなって」
「なら犯人を絞るのは難しいな。そっちは放置するしかねえ……ネットがねえ時期のゲームの攻略情報はデマばかりだった。あり得ねえ速度で広まる割には、誰が言い出したのか判然としない。そんなもんさ、噂なんて。んな事より兎葵だ。シキミヤ、何かするか?」
「何かって……何ですか?」
「知らねえ。俺はサポートするだけだ。何もしねえならこの話は終いだ。精々ミシャーナに巻き込まれんなよ」
全ては俺次第、という訳か。
本当に、飽くまでサポートに徹するつもりらしい。まあ、単なる襲撃者に対してハイドさんが特別何かをしようとは思わないか。彼が掌握しようとしてる組織を破壊されかけたのだから、見殺しで済むならそうする。
―――何か出来る事はあるか?
兎葵を助けようと考えた場合、未紗那先輩と衝突する可能性がある。今の俺では因果の力を持っていたとしてもあの人には勝てないだろう。もし戦うとするなら助けが必要だ。それもとびっきり強い、人間離れした強さの存在。
助けずに利用しようと考えた場合、利用のしかたに課題が生まれる。一旦保護した後で後日突き出すとか……交換条件として扱うとか。具体的なプランは何も思い浮かんでいない。出たとこ勝負をするにはリスクが高すぎる場面だ。確実にリターンを得たいなら助けよう。
兎葵は部品を持っている。彼女が誰から部品を受け取ったのかが分かれば、マキナの部品を拾い集める元凶にも一歩近づける筈だ。何よりアイツには聞きたい事がたくさんある。一度は煙に巻かれたが次はそうはいかない。
「…………助けます」
「プランはあるか?」
「それはこれから考えます。俺には……頼もしい味方がいるのでそいつと一緒に色々と。敵側の貴方に言うのも変な話ですけど、未紗那先輩とカガラさんはどうにか俺を追わないように仕向けてくれませんか? 出来るだけ自然な形で。間違ってもキカイの所へ自主的に向かっていったとは思わせないように」
「注文が多い奴だぜ。わーったよ。完璧にやってやるから、具体的なプランが決まったら電話しろ」
「じゃあ、夜に」
車を降りようとして、ふと行動の無意味さに気が付いてしまった。
「―――どうせ帰りなので、ついでに家までお願いします」
「……いいぜそのあつかましさ。嫌いじゃねえ」
「何で分からないの? お姉ちゃんおかしいよッ」
「私と兄さんの事に口は挟まないで。那由香。迷惑はかけていないでしょう」
家に帰ったかと思うと、珍しく姉妹が喧嘩をしていた。善人同士が喧嘩をするなんて普通あり得ないが、妹は明らかに他の人と少しだけ違う。それだけで軋轢が生まれて仲睦まじい姉妹にも亀裂が入ってしまったというなら、つくづくこの世界はおかしいと思う。マキナの部品だと思うとおかしいという概念には納得しかないしこれ以上疑いようもない。
「…………」
帰宅を告げる声が躊躇われる。会話の流れは知らないが、どうも俺が喧嘩の種になっているっぽい。足音を忍ばせてこっそり二階に戻ろうとしたが、死角もない場所で隠密行動は無茶がある。すぐに気づかれた。
「兄さん…聞いていらしたんですか?」
「聞いた…… ? お前らが喧嘩してるのは知ってるけど内容までは特に。那由香がいる時点で関係なさそうだし」
「気安く名前を呼ぶなよ! 私はアンタが兄とか思ってないから!」
「そうか。まあそれでいいよ。俺は関係ないから勝手にやっててくれ」
「聞いた!? 家族間の事なのにどうでもいいんだって! お姉ちゃん、ほんっとに考え直して! こんな奴と仲良くするのおかしいから!」
「迷惑はかけてないって何度も言っているじゃないですか」
「存在が迷惑なの! あれと家族なんて思いたくない! お姉ちゃん一人だけでいいし!」
拒絶反応とはまさしくこれくらいの強い反発を指す。善人に嫌われるのは願ってもない風潮だが、家族となると妙だ。両親は俺がいうことを聞かないロクデナシだから、嫌っていたとしても納得はする。しかし那由香は……なんだ。
「……どうしてそこまで嫌うの。兄さんが貴方に何かした?」
「何もしてない。でもお父さんとお母さんいつも困ってる。シワが増えた。アイツのせいだ」
「そんな無茶苦茶な……」
叶うなら可愛い方の妹を助けてやりたいが、俺が火種なのにどうやって助けろというのか。家出するのは簡単だが、それではこの問題を解決するだけで牧寧を困らせるだけだ。
「……牧寧」
「はい?」
「今日の夜、空いてるか?」
「……予定はありませんけど、どうしましたか?」
「話したい事がある。今は急用があって出かけるけど、起きててくれ」
女同士の口喧嘩から逃げるように、俺は再び家を後にした。制服も鞄も置いては来られなかったが別にいいか。最大の問題は別にある。
マキナはどこに居るのか、という問題だ。
とりあえずアイツの家に行ってから考えようか。
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