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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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狩空に鳥を落とす

 『噂』の規定とされていたものは『傷病』や『愛』同様に規定の性質そのものが伝播している。つまり糸は視えてないといけない……語弊がありそうだ。規定ならば糸が発生しないといけない。マキナにその事を言われていたのに、兎葵の衝撃発言で全てが吹っ飛んでいた。

「……規定じゃない?」

 マキナから聞いた、という前文は信憑性を大きく落とすので、省かなければいけない。手柄を奪うみたいで申し訳ないが、キカイ嫌いが極まっているとこういう時にどうしても嘘を吐かないといけない。こんな単純な事にも気付けず、しかも気付いたら気付いたで忘れて。こんな男の察しの良さはたかが知れているのに。

「ならどうやって? 人為的にですか?」

「……俺とか未紗那先輩は使わなくても、他の人は使えるでしょ。誰かに頼めばそれで噂は広まるでしょ」

「ああ…………」

 俺の発言がデタラメ、という線は基本的に考慮されない。糸を視る力は現状唯一無二だが、それがキカイを執着させている理由になっている。マキナがこの町に居る限り俺の力にはある程度の信用が保証されている。

「…………キカイの仕業、という線は考えられませんか?」

「は?」

「先輩の言いたい事は分からなくもないですけど、こんな噂流したら俺と先輩がますます接点を持ちますよね。違うと思います」

「そうですか。ふーむ、ではこの時間が終わったら少し組織と連絡を取ってみます。現状、目的が見えません」

「分かったら俺にも教えてもらっていいですか? 勝手に殺された事になるのは気分が悪いです」

「勿論です……残り一分ですか。楽しい時間ばかり過ぎるのは早いですね。君はもう行って下さい」

 弁当箱を片付けて、生徒会室を後にする。流石にこれだけ教室をがら空きにしたのだから、あの手紙も返事が来ている筈だ。少し楽しみにしている自分が居る。メサイア・システムでもキカイでもなく、只の人間と当たり前にやり取りできるのが、何だか全て終わった後の生活をつまみ食いしてるみたいで……少し楽しい。

「あ、式宮君」

 廊下に出てあまりの寒さに全身を震え上がらせていた時、慌てた様子で未紗那先輩が飛び出してきた。

「何ですか?」

「……仮にも部下ですので、あまりこんな事は言いたくないのですが。篝空さんは信用しないで下さい。彼女は仕事の怠慢が目立っています」

「バリバリ勤勉ってタイプでもないでしょあの人」

「そうではなく、怪しい動きが確認されているのです。もしもあの人から何処かに誘われるような事があれば直ぐに連絡してください。現在、篝空逢南には君の送迎以外の任務を与えていません。それ以外は全て独断となります」


 ……組織のゴタゴタに巻き込んでほしくないなあ。


 やはり面倒だ。

 というかここまで警戒されているのに、放課後未紗那先輩を引き離す事は出来るのだろうか。凄く不安になってきた。そもそもメサイアとキカイの板挟みに苦悩している(十割マキナの味方だが)のに、そこから更にメサイアで派閥争いが生じるともうストレスで今からでも禿げそうだ。

 先輩の笑顔に見送られ、自分の教室―――C組に戻る。その前に元居たクラスを覗いてみたが、今から入学式でもやるような誇り一つない綺麗な教室に机が規則正しく立ち並んでいる。黒板には掃除の怠慢から消えなくなったチョークや何かがめり込んだ傷痕のみが残っている。そこには誰かが居た痕跡はあっても、誰も居ない。糸なんて論外だ。

「………………」

 チャイムが鳴ったのと同じくらいに教室へ戻った。机にはまた紙飛行機が転がっている。



『頭が おかしくなりそう』



 未紗那先輩の所に行く前、俺が出した問いに対する答え。この手紙の相手は知らないし、何を根拠にそう思ったのかは分からないが―――その通りだ。おかしいのはメサイア・システムではない。超常の存在であるマキナでもない。


 たった数年しか経っていないのに常識として、当然として、倫理として、道徳として、歴史として存在し続けるこの世界だ。


『同感だ。お前が誰かは分からないけど初めて意見が合ったよ』  


 教科担任が入って来た。教科書を開いている隙に紙飛行機を外に飛ばし、国語の準備をする。こっちのやり取りは面倒な要素がなくて助かるが、カガラさんの運命や如何に。























「ふぁ~」

 欠伸を噛み殺していたら授業が終了した。掃除は面倒くさがった先生が担任に押し付けたのでなし。部活だったり恋愛であったり、青春的に様々な用事があるクラスメイトは各々のペースで散っていく。残ったのは傍目にも明らかな不良学生である俺と、授業が終わった事にも気付かず眠りこけている何人かの男女。


 ―――さて、どうなるかな。


 手紙の返事は来なかったが、窓からその姿が確認出来ないので休み時間に回収されたと思われる。明日になれば返事が来るだろうから、それはそれとして未紗那先輩かカガラさんの迎えを待とう。外で待つのは寒いから、ここで。

 もし校門の方で待っているようなら申し訳ないので、時々廊下に出て確認はしてみる。それで十分だ。

「おい」

「ん?」

 振り返ると、スーツ姿の男性が俺に声をかけていた。茶色の目と黒髪で見知らぬ人物かと思われたが、その端正な顔立ちと特徴的な鼻の高さは誤魔化せない。何より『糸』がそれを示している。

「は、ハイドさん?」

「良く気付いたな。悪い、I₋nの野郎がとちったから俺が迎えに来てやった。ウィッグとカラコンな。ああ面倒くせえ。俺ぁ肉体作業は好きじゃねえんだ。つー訳で行くぞ。外に車を待たせてある」

「未紗那先輩に気付かれますよ……?」

「ミシャーナは大丈夫だ。I₋nにかかりきりだからな。おら来い。こっちの事情をちょいと教えてやる。どうせ気になってんだろ」

 この人は全てお見通しか。教員に扮した―――それにしては随分イケメンな男性に引っ張られ校舎の外に連れ出される。校門から三分ほど先の道に黒塗りの車が停まっており、威圧感から尻込みしたのを物理的に尻を蹴られて乗車。窓にスモークが掛かり、更に部下と思われる人間がカーテンを引いて、社内を照らす明かりはランプのみとなった。

「これ、絵面が誘拐なんですけど!?」

「そうだったとしてもどうにでもなる。まあ気にすんな―――おいてめえら。今から俺の言う事を聞け。次に俺が手を叩くまでお前等は眠る。そうだ見た聴いた事を全部聞いてないんだ。スリー、トゥー、ワン」

 パン、と勢いよく手を叩く。それだけで周囲に居た人間が物音立てずに静かになった。

「……催眠術?」

「に近いな。そういう教育だ。頼めば口外はしねえだろうが、これは俺とお前の取引だ。聞かせたくもない。これで一応、二人きりになったって訳だ。気兼ねなく話そうか。一応安心の為に言っておくと、こんな車に耳立ててる奴がいても音は聞こえねえ。安心しろ」

 安心しろって、この状況がまず安心出来ないのだが。かねてから切り出そうと思っていた話はあるのだが、その前に一通り質問を済ませよう。

「カガラさんに何があったんですか? 先輩からは何か不穏な様子を告げられたんですけど」

「んーウチの派閥争いの影響だな。俺の命令でアイツに色々動いてもらってたらトップに目つけられた訳だ。ミシャーナも俺の部下ではあるが、トップは当然俺の上司でもある。どっちの命令をミシャーナが聞くかは自明の理だろ」

「それは……ハイドさんは大丈夫なんですか? 先輩の裏の仕事を見た感じだと邪魔に思われたら貴方も消されるんじゃ……」

「その為にI₋n動かしてんだろ。アイツは下っ端も下っ端。いつ切り捨てても俺に被害は及ばねえ。ああ、ちょっと待て。分かるぜ。俺を軽蔑したいんだろ。あのな、被害は及ばねえつっても、I₋nが裏切らなかったらの話だ。トップの懐刀が健在な限り、証拠がなくとも疑いだけで俺は物理的に消される」

「何が言いたいんですか」

「互いに合意の上って事だ。俺様は強制が好きじゃねえ。お前が検討するってのもそれで終わらせたろ。無理やりやらせんなら家族人質でも何でもするわ。俺を疑うならI₋n本人に聞いても良いぜ」


 ―――何でだよ。


 ハイドさんの用意周到ぶりには寒気さえしてくるが、それよりもカガラさんが分からない。この人と合意を結んでわざわざ最前線に立つという事は、いつ未紗那先輩に殺されても構わないと言っているようなものだ。あの人は何を考えて自分を危険に晒すような真似をしているのだ。

「カガラさんを助けに行かなくてもいいんですか?」

「一応、メサイア・システムの人員だ。アイツに対する疑惑も確定じゃない。ましてここは本国でもねえ。拷問もないしミシャーナだってそこまで手荒な真似はしない筈だ。ちっと長い尋問くらいか。つー訳で助けには行かねえ。どうしてもって言うなら二人がいる場所まで送ってやるが……怪しまれんぞ」

「ぐッ…………」

 この人は、冷酷じゃなくて淡白なんだ。

 無理をおしていこうとする俺の判断を一旦尊重した上でデメリットを教えてくれる。それで自分にも被害が及ぶ事なんて気付いてるだろうに、それでも俺に強制はしない。するなともしろとも言わず、選択肢を与え続けてくる。どちらかに聞いたのかもしれないが、俺に対する話し方を本当に良く心得ているようだ。話しやすいのに、話しにくい。

「他に何か聞きたい事はあるか?」

「―――ありますよ。でも話の本筋が逸れるかもしれない。そっちの組織の内情がごたついてる時にこの話をするのは、気が引けます」

「そんなのどうだっていい。てめえの用事を話せ」

「どうだっていいって、そんな訳―――!」



「てめえの信用を得られる事に比べたらこんな問題なんざクソくらえだ。俺はてめえを買ってる。世界を取る為には必要不可欠って程だ。それくらいてめえの能力は凄えが、他の人間に再現性がないもんだからてめえに嘘吐かれたらそれまでだ。だから信じてもらわなきゃいけねえ」



 仄かな視界の先にも、ハイドさんの真剣な眼差しが見て取れる。この人はどうも口調や素行が乱暴な癖に、他人同士のやり取りに際しては異様に繊細というか、慎重だ。見た目とかなりのギャップがある。優しいとは全く違うのだが、他のどんな人間よりも明らかに話が出来る人ではある。

「世界取るってのはそういうこった。自分の命賭けられねえ奴がんな真似出来っかよ。さっさと言え。言うまで話さねえ」

「…………じゃあ。率直に」












「俺、幻影事件を解明したいです」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急展開やなぁ…こっからどんどん進んでくんかな? [気になる点] 少しばかりほの暗くなって来たね…ラブコメ放棄のシリアス突入と見たね
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