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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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キカイな夢

 ごうごう。ごうごう。


 ごうごう。ごうごう。


 風。違う。風は風でも動いているのは俺だ。

「…………!」

 落ちている。をちている。堕ちている。

 奈落の底へ向かう夢。


 何だこの夢は。


 声は出せない。自由落下中なので身動きも取れない。現実的には恐らく眠っているからだ。スーお姉さんと出会った夢も起きている時に比べたら動きが鈍くなる。夢とはそういうものだが、これは特別だ。

 夢の中、という前提を踏まえて視界は良好、聴覚も然り。風の過ぎる音と自分の心音だけが聞こえる。糸なんて見えない。ここには人間がいないし、そもそも現実ですらないのだから。風の音を聞いて底なし穴に落ちていく感覚を楽しむだけ。

『…………マキナ?』

 果てしなく宙を舞うその中で、暗闇に堕ちる月を見た。あれだけ一緒に居たのだ、忘れる筈がない。何度視界に入れようとも目を奪って離さない、絢爛豪華な美貌のキカイ、楠絵マキナ。夢の中で出会っても目が覚めそうなくらいに鮮やかな寝顔だ。寝顔……寝顔? 

 寝ている、のだろうか。電池が切れたように落ちている。全くの無抵抗だ。軽く名前を呼んでみたが反応が無い。夢の中の存在に何をしているのかと言われたらそれまでだが、俺の夢はあの人と出会った瞬間で固定されている。原因は分からないが夢を見た日は決まってそうだ。なのでこの夢は俺の夢ではなくて……マキナの夢、という事になるのだろうか。根拠は無い。隣で寝ているからそうなのだろうと思っただけだ。


 ―――これがお前の夢なのかよ。


 暗い。冷たい。何もない。

 何故地面すらない。何故何も聞こえない。夢が記憶の整理だと言うなら、或はそれ以外の何かでもあったなら。他に景色があるだろう。

『……マキナ!』

 空中でもがいても人はそうそう動けないが、ここは夢の中だ。もがけばそれだけ手が届く。そうだ、夢に不可能は無い。どんな事だって出来る。何かを隠す必要も無ければ、反対に見せびらかす必要もない。

 ヲち続けるマキナに手が届いた瞬間、彼女の身体をそっと抱きしめる。

『……俺よりずっと、孤独じゃないかお前は』

 寒空にあれだけ重宝した体温が嘘のように冷たい。触れているだけでこちらの体温が奪われていくようだ。もしもこのマキナに全ての体温を奪われたら、俺もコイツのように動けなくなるのだろうか。

『…………何もないなんて、言うなよ。俺は傍にいるから』

 いい。それでも構わない。


 マキナと共に死ねるなら、この世界に悔いはない。


 この感情を持て余すくらいなら、消えてなくなった方がマシだ。

『お前が嫌になるくらい、隣に居てやるから。何時もお前がしてるみたいに』

 穴の先に何が待ち受けていようとも。



『一緒に堕ちよう、マキナ』


 あんなに鮮烈で、無邪気だった女の子。

 もし、すっかり変わり果ててしまったこの姿が、俺に奉じた結末の果てであるというのなら。

 それでも俺は、お前の味方でいよう。 

 虚無の夢が覚めるまで、深く、深く、深く、掴んで離さない。何処までも何処までも何処までも堕ちていく。























 目が覚める。寝ぼけているようなつもりはない。視界は明瞭だ。銀色の瞳と視線が合った事くらい直ぐに理解出来た。

「…………おはよう」

「静かに」

「……え?」

 マキナはそれ以上何も言わなかったが、意識の覚醒に伴って身体の感覚も戻ってきて、違和感に気が付いた。まず体の前面はマキナを捉えており、就寝前の景色と変わり映えがない。彼女の頬がほんのり染まっているのは腰を抱き寄せた事に気が付いたからだろう。つい出来心でやってしまった。反省はしていない。

 それはさておき、見えている部分に変化はない。それでは背中から感じるこの暖かさは何だろう。

「…………妹か」

「視えてないのに、分かるんだ」

「……」

 あまりにも控えめな感触で区別した……とは口が裂けても言えない。それにかなり悪意的だ。かつて一緒に寝た事があるからその時の経験を思い出したのが真実である。

「何で俺のベッドに居るのか分からないんだけど」

「私も知らないわ。でも……有珠希に嫌われたくないし、帰った方がいいかしら」

「その程度で嫌ったりはしないんだけど面倒ではあるな。素直にそうしてくれるなら非常に助かる。昨日はなんせ聞き分けが悪かった」

「あれはだって、有珠希が可愛いとか言うから……ばか。ばぁか!」

「俺のせいか」

 無声音でやり取りするのは非常に身体に悪い。全身がゾクゾクしている。明らかに触れられてはいけない部分が刺激されているようなそんな感じ。腰から手を離すと、マキナは布団から滑るように脱出し、窓を開け放った。

「それじゃ、所有者炙り出しはこっちでやっておくわ。知り合いって事なら交渉は任せるけど……失敗したら、教えてね?」

「ああ。じゃあな」

「………………妹、ねえ」

「何だ? メサイアとは関係ないぞ」

「ううん、いいわ。次に会った時にでも言うから。バイバイッ」

 瞬き一つ挟んだだけで、彼女の姿は消えてしまった。朝方の風は目覚めたばかりの身体によく刺さる。風邪を引きそうなくらい冷たかったので直ぐに閉めて、アイツが居た痕跡はきっちり消しておく。

「お前マジで……人のベッドに勝手に潜り込みやがって」

 普段なら怒るような事でもないがよくよく考えたら心臓が止まってもおかしくはない、笑いごとでは済まされない状況だった。危うく妹にアイツの存在がバレる所だったし、そうなればまた説明が本当にややこしくて……

 現在時刻は五時半。あまりにも早すぎる目覚め。二度寝が推奨される。

「…………ま、分かるだろその内」

 今度は妹に向き直って再びベッドの中へ。今度は両親に見つからなければ良いのだが。


 ドンドン! ドンドン!


 玄関の方から、扉を叩く音が聞こえる。本当に僅かだが、寝る為に集中していると聞き取れてしまう。二度寝をしようとは思ったが別に今は眠くない。時計の音然り、少しでも音が気になってしまうようなら二度寝は寝坊という最悪の結末を招く。両親は流石にまだ眠っているだろう。睡眠妨害で機嫌を悪くされたら一階の居心地が悪い。

 部屋から出て真っ直ぐ一階の玄関まで向かうと、追加で声が聞こえてきた。

「誰か、居ませんか。尋ねたい事があるんです」

 

 ―――え?


 

 聞き覚えのある声とその異常性に気がついて扉を開ける。



 兎葵が立っていた。


 カーキ色のモッズコートに黒いキャップをかぶっている。牧寧と恐らく同年代とは思えないくらい陰気な格好だ。

 彼女は俺を見るなり大きく後退。周囲の状況を確認した後、いきなり胸ぐらを掴んできた。出会った当初から無愛想な方だとは思ったが、今度ばかりはやや不機嫌そうに顔を顰めている。ハーフツインテールと打ち消し合って、要するに迫力がない。

「何がしたいんですか貴方は? 嫌がらせですか?」

「は? は? は? ちょ、待って。全然状況が見えない。何の話だよ」

「…………また、関係ないんですか」

「だから何だよ! 全然話が見えてこない!」 

「……………………貴方が、メサイア・システムに殺されたって噂ですよ。どうして本人の耳には届いていないのか不明です」

 マキナの策というのは、これか。

 結果を見れば向こうから会いに来てくれたので名案だが、もう少し字面がどうにかならなかったものか。

「……でも、生きてたならデマって事ですね。それでは」

「ちょ、ちょっと待てよ。何で俺の生死を確認しにきたんだ? お前、ずっと俺を助けてくれてたんだろ? 流石に……分かったぞ」

「何の事かさっぱりです。それでは」

「待てって!」

 全力で逃げようとした兎葵の白い糸を切って行動をキャンセル。力ずくで家の中に連れ込むと、たまたま近くに置き去りだったドライバーで青い糸も切断。『逃走』の選択肢すらも剥奪する。因果の影響を受けた兎葵は、逃げるのを諦めて再び俺の方を見つめてきた。

「……随分、手際が良いですね」

「お前にどうしても聞きたい事があった。別に誘拐常習犯じゃないぞ」

「そうじゃなくて」






 








「糸を切るのが」

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