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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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ワタシは独占したい

 マキナとの糸のない時間を無為にしたくは無い。こんな時間帯でも空いてるお店は幾らでもあるがそこには行かず、誰も使っていない喫煙所の中に入って寒さをやり過ごしていた。煙草の匂いはマキナの『清浄と汚染』の規定により浄化。誰も使っていないのであれば風よけとして存分に使わせてもらう。

「しかしあんまり明るくない場所で良かったな」

「どうして?」

「目立たない」

 未紗那先輩は俺達がこうしている間も無辜の人間を殺して回っている。その道中、あり得ないとは思うがマキナと一緒に居る所を視られようものなら―――いいや、それだけならまだしも、俺はこいつと腕を組んで座っている。より具体的に言うなら腕を組んだ先で手の指を組むように繋ぎ、身体を密着させている。

 とてもとても、脅されて一緒に居る人間のそれではない。

「……有珠希といると、熱いわ。凄く熱い。これが特別な事なんだって……そう気付いてから凄く気持ちがいいのッ」

「俺はそんなお前で暖を取ってる。確かに熱いな。でも嫌な熱さじゃない」

 炬燵で『強』を入れたような暑さではなく、何十枚の布団に覆われたような一肌の温もり。マキナだけを見ていれば糸のストレスに悩む事はない。凍てつくような寒さも、善から拒絶された孤独も、全てこいつだけが癒してくれる。

 マキナの熱っぽい視線を正面から受け止めるように互いを見合わせる。俺と目が合うだけでこいつはとても喜ぶ、それはもう子供みたいに、無邪気に、色っぽく。今は言葉なんて必要ない。互いの体温を感じながら、視線を合わせるだけの楽しい時間。

「…………うふふふふ♪」

「何だよ」

「別にぃ? 有珠希が私を見てくれているのが嬉しくてッ」

「……お前と一緒に居るんだから、お前しか見る物はないだろ」

「ねえ、もっと見て?」

 顔を近づけてくるマキナ。条件反射で距離を取ろうとしても、二人の合意で組んだ指がそれを許してくれない。

「……近い」

「色んな距離で私を見てほしいの。私も有珠希を見たい。貴方の髪の色、肌の色、眼の色、口元の形、鼻の形、睫毛、眉毛、涙袋、皮の一欠片まで記憶したい」

「ちょっと怖い」

「キカイは怖いのよ? そんな怖い私の味方に貴方はなってくれた。だから覚えておきたいの。この取引が終わって貴方と離れ離れになっても忘れないように」

 やはり二人きりになるとこういう話が出てくるのも無理はない。そうだ。俺達は飽くまで取引相手。糸だらけの視界を治す代わりに部品を探す。それが終われば俺達は他人に戻る。あまりにも居心地が良いからその話は避けてきたのに。マキナの方からそれを切り出されるとは。

「…………なあ、マキナ?」

「なあに?」

「お前は部品が全部戻ったら……いなくなっちゃうのか?」

「心臓まで戻ったら、滞在する理由がないわ。でも……貴方と離れるのは寂しい、かな」

 俺も言えばいい。たった一言だけでも。その気持ちに嘘なんてないから。『お前と一緒に居たい』くらいは言ってやればいいのに。まだ早いと考えて言えない。まだまだ言えるタイミングはあるからと言い訳をして、逃げている。

 せっかくこいつの方から言い出してくれたのに―――



「だから、考えたのッ。ねえ有珠希、私と一緒に来ない?」



「―――は? ど、何処に?」

「ここじゃない場所。キカイは特定の場所から戻るんだけど、貴方が傍に居てくれるなら私ずっとそこに居てもいいわ! ね、どう? 生活に不自由は感じさせないわよ? 朝も昼も夕も夜も二人きりで暮らしましょうッ!」

 絢爛豪華に煌めく金髪が揺れる。パチパチと瞬きを繰り返し、月の錯覚を焼き付けんと目と鼻の先にマキナが笑っている。弾けるような笑顔と無邪気な欲望が同居して、何に例えようもないくらい美しかった。

 繋がれた手が熱い。溶接されたのかもしれない。こっくりさんは自分の無意識が動かしているだけらしいが、それと同じように手は離せないし、離さない。

「か…………考えて、おく。今は部品を回収しないと! 捕らぬ狸の皮算用って言うだろ!」

「なら絶対に見つけないとね! 私にも楽しみが出来るなんて……ううん。貴方と出会ってからよ。楽しいなんて思ったの。これも特別な事かしら♪」

 少し口を突き出すだけでも、キスが成立してしまいそうな至近距離。時間帯も寒さも眠気を誘発する要素だがそれどころではない。全身が緊張しっぱなしだ。興奮ともいえるが、それだと字面が変態っぽくなる。

「そ、そろそろ休憩終わりだ! さっきの痕跡から伸びる糸を探していけばその内持ち主に会う筈だから…………だから……」

 この気持ちは発散しないと駄目だ。爆発させればとんでもない過ちを犯しかねない。



「―――その前に髪、撫でてもいいか?」



 突然の要求に首を傾げつつも、マキナは指を解いて身体を寄せてくる。金銀財宝の海に溺れるように、俺は空いた手で彼女の髪を欲望のままに撫でた。
























 気持ちが落ち着いた所で部品探し再開となったが、その前に幻影事件の解釈を双方から聞けた事で一つ糸口が見えた。

「ここにも痕跡ありか」

「トンネルの中なんて変わった所に置くのね。視覚的にも分かり辛いし、しっかりしてる」

 未紗那先輩を助ける方法だ。ハイドさんにどうサポートしてもらえば実現できるのかというビジョンまでは見えていないが、あの人は幻影事件によって家族を失い、そこをスカウトされる形でメサイア・システムに属している。キカイの仕業と言われたりメサイアの仕業と言われたりハッキリしないが、そのお陰だ。


 幻影事件の真相を解き明かせば、未紗那先輩の目を覚まさせることが出来ると気付けたのは。


 勿論、物証付きで。それなら先輩だって信じざるを得ない。

「有珠希、目は大丈夫?」

「休んだお陰でまだ大丈夫だ。無理はしないよ」

 トンネルから俺の家の前、家の前から近所の公園(こゆるさんと逃げ込んだ場所だ)、近所の公園から駅前、駅前から校門付近、校門付近から校庭。

「どんだけあるんだよショートカット……」

「良く行く場所に設定してるのかしら」

「良く行くって、全然法則性がないぞ」

 赤い糸を観察しつつ人目は避けていく。遠目で見ても不愉快な物は不愉快だ。次のショートカット先に移動している最中、俺はふと疑問に思い、隣の専門家に尋ねてみる。

「なあ。そう言えば町中で俺に変な噂が立ってるんだけど、それも規定だったりするのか?」

「糸を視ればいいじゃない」

「ないんだよ」

「なら規定じゃないわね」

「言い切るなよ。『強度』とかも糸は視えないぞ。お前の中に戻ってからの話だけど」

「そうだったの? ……でも『強度』とか『清浄と汚染』は飽くまで私自身が改定させてるからそこの違いじゃない? 『傷病』や『愛』は規定の性質そのものが伝播してたでしょう?」 

 キカイのルールは良く分からないので、マキナがそう言うならそうなのだと信じるしかない。専門家は彼女しか居ないのだ。

「因みに『噂』の規定はどっちなんだ?」

「そんな規定、ないけど」




 …………。




「じゃあ規定じゃないじゃん」

「え? そう言わなかったっけ?」

 話が噛み合ってない。今更気付いたが、マキナはちょっぴり天然が入っている可能性がある。自分で話をややこしくしていたのにその自覚すらないとは。さっきまでのやり取りは『そんな規定はない』の一言で全部終わりなのに。

「にしても。本当に方向性がないわね。何処を拠点にしているのかも分からないわ」

「…………いや」

 最後の最後で当たりを引いた。ここを拠点だと発言した人間を知っている。



 橋の下は、あの子の拠点だ。



 間違いない。『距離』の規定拾得者は羽儀兎葵だ。

 連続投稿~

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[良い点] 色んな子に同居誘われますね [一言] 数少ない生存者になれるのか
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