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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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82/213

噂の貴方は蜃気楼

 勉強をする意味について一度懐疑的になると中々どうして身が入らなくなる。しかし妙な噂の付き纏う男とて授業は平等だ。隣のクラスもとい元のクラスが空っぽになっているのを除けば至って普通の授業とクラスメイト。朱に交われば何とやらと真面目に勉強してみようとしたが、こればかりはどうしようもない。

 人情だけで全てが決まるというのも考え物だ。元々勉強が好きではなかったから、その義務から解放されると途端に身体が拒絶反応を見せる。この善人共に気に入られないとどうにかなる将来なんてワクワクもクソもない。誰かを助けられたい、助けたい大勢の人間にとっては楽園みたいな世界でも少数派にとっては地獄と変わらない。

 ああもう、この風潮に文句を言うだけなら無限にできそうだ。

「おうおう、式宮。どうした?」

「…………誰だよ」

「おいおい。分かんだろ。鈴岡だよ」

「知らねえし。本当に面識ないだろ」

「でも俺はお前の事知ってるぜ。つまり俺達はお互いに面識ありって訳だ。面識があるならそりゃ友達だろ。それ以外何だって言うんだ」

 その理論自体は否定しない。善人が善人のコミュニティを広げていけばそれだけ結束力も高まり困った時にはお互い様だと助け合いの精神が広がり、誰も損をせず誰もが症候群を問題としないくらいの素晴らしい世界が生まれるだろう。考え方の正しさは立場によってかわるとするなら、彼等の考え方は取り敢えず一つの立場として正解である。

「…………そうか。友達か。でも噂は信じるんだな。誰が発端かも分からないのに」

「嘘を吐くような奴がいる訳ないだろ? 嘘を吐くのは悪い事だって小学校の頃習わなかったのか?」

 話にならない。恐らく席が近いからという理由だけで絡んできた同級生を適当にあしらっていたら授業が終わった。カリキュラムの中には清掃も含まれているが、これは無償で清掃をしてくれる清掃員が居るので形骸化している。帰りのHRが終わればそれでお終い。

 ここの担任が帰ってくるまで妄想でもしていれば良いのだろうか。

 

 想像してみてほしい。


 もしもマキナが同級生だったらどうなるか。

 あんな美人が同じクラスに居たら男子の審美眼が肥えまくりの拗らせまくり、毎日大変な事になっているだろう。アイツはアイツで忘れ物をしても好感度を稼ぎたい奴等が絶対に助けようとするから苦労もしないで日々を楽しく生きられて…………多分、凄く可愛いと思う。

 制服姿が似合わない訳がない。誰に限った話でもなく女子高生には普通とは違った付加価値が生まれるが、アイツのそれは一般の比ではない。太陽でさえ思わず目を瞑ってしまいそうな輝きの前では人間なんて有象無象の屑鉄に過ぎない。

「あいー特に伝えたい事とか無いんでこれで終わり~って言いたい所だが、式宮有珠希。お前の噂は本当か?」

「…………中学生の件はもうノーコメントで」

「そうか。んじゃあこれ終わったら生徒指導室な」

「嫌です」

「噂を認めててそれはねえだろ。否定すんならまだしもよ」


「どうせ違うって言っても信じてくれないじゃないですか」


 誰も。誰も信じてくれない。

 だから誰も信じない。

 後ろめたさなんて感じる必要が無い。俺は日常を蔑ろにしてキカイの事や先輩の事情に首を突っ込んでいる。散々蔑ろにされた日常が牙をむいただけの事。そうやって自暴自棄になっているのは俺だけで、教師の目にはいっそ不自然なくらいの生気が漲っている。

「俺を信じられないのか?」

「そっくり同じ言葉を返します。じゃあ俺が違うって言ったら信じてくれるんですか? 他の噂に耳なんか傾けず」

「当たり前だろ! 何年担任やって来たと思ってるんだ!」

「何ねんっていまさ…………え?」

「あん?」

 予期せず頭が冷えてしまった。ちょっと待って欲しい。ここで口論をするよりも確認を取りたい事がある。席を立って隣のクラスを確認。空っぽだ。それも当然。全員メサイア・システムに保護された。自分を認識出来なくなって廃人化しただけだ。

 C組に戻ると、時間を止めていたように担任が何一つ変わらぬ面持ちで俺を待っていた。

「先生って未紗那先輩に色々言われて俺を受け入れたんじゃないん……ですか」

 それは担任がというより。クラス全体が意思を持ったように揃えて首を傾げた。

「何を……言ってるんだ? お前はずっとこのクラスだろ」


 因果の糸に変化はない。


 何らかの規定が働いているなら糸に動きがある筈だ。お金と数字は嘘を吐かないが、それ以上に因果は嘘を吐かない。それが平常運転を示しているなら、考察の余地なくそういう事だ。これは善人のありふれた行動。或は簡単ななぞなぞだ。彼等が認識出来なくなる物はなーんだ。

「…………」

 キカイの心臓が、苦しくなる。歯車が錆びたみたいだ。噛み合わせが悪い。パーツを取り替えないと駄目だ。換装してやらなければポンコツのまま手遅れになる。

「……おかしい、だろ」

 殺す必要はない。

 死ぬ意味なんてない。

 メサイア。システムは一体何を考えているんだ。彼等が何か都合の悪い事をしたのか。まともに会話も出来なければ身体も動かせなくなった植物状態の人間に何が出来ると言うんだ。邪魔者を排除するというよりもこれではまるで……

「―――マキナの事、悪く言えんのかよ」

 アイツは人間の事なんてどうでも良いと公言しているし実際にその素振りはあるが、俺が殺すなと言えば取り敢えず殺さないでくれる。無関心とは要するにその対象物に関して一切の意思判断を行いたくないという怠惰の表れであり、だから物分かりも良いのだろう。こいつに対して何か言えた口ではないようだ。自称慈善組織が聞いて呆れる。

「あー先生。すみません。生徒指導室行くんで、代わりにちょっと心の準備したいんで早めに離脱していいですか?」

「ん? おーいいぞ。じゃあ三〇分後な」





















 担任の先生より早く職員室に行ってしまえばこちらの物だ。目当ての鍵を借り受けると、お礼もそこそこに木工準備室へ。目についた工具で金槌を手に取ると、それをポケットに差して生徒指導室まで一直線に向かう。

「……部屋が使えなきゃ、呼べないだろ」

 問題はどうやって鍵を施錠した状態で鍵穴を使えなくさせるかだが、取り敢えず外側を破壊してみるかと金槌を振り下ろすと、その直前で手首を完璧に抑え込まれた。

「…………カガラさん?」

 校内では見慣れないゴスロリ服が非常に目立つ。この人は不法侵入者として処理されたいようだ。

「ストレスはお察しするけど、それは駄目だよ。紗那に嫌われてもいいの?」

「……貴方に何が分かるって言うんですか」

「授業中の様子をずっと見てた。君の席が窓越しにあるのは私が監視しやすい為だよ。本当に君っていう人は態度に出るね。ずっと不機嫌だったよね。で、その結果校内を荒らし回るんじゃただの不良だよ?」

「根も葉もない噂で拘束されるくらいだったら不良でいいです」

 カガラさんは深く溜息を吐いて、俺の額を強めに押した。

「ほら、これだ。その視界のせいかな? 君は慢性的にストレスに悩まされているみたいだ。心に全く余裕がない。善人になれとは言わないよ。けれども自ら悪に堕ちるのも違うんじゃないかな。私は紗那よりもずっと弱いし、君の事も全然知らないけどさ―――もっと頼ってもいいんじゃない? たとえ無理でもさ、話を聞いたり一緒に悩むくらいは出来る。一人で全部背負うからそうなるんだよ」

 分かったような口を聞かないで欲しいが、事実としてそうなのでどうしようもない。

 俺はある種の依存になっている。未紗那先輩との時間だったりマキナとの一時だったり妹との家族団欒だったり、一日においてストレスの少ない瞬間ばかり求め、それ以外を苦痛と認定している。慣れ、なんてものはない。糸を無理に長時間見ない限り平気になったのは、こんな状態で十七年も過ごせたのは、全て俺の我慢と努力の結果だ。不愉快に慣れはない。それはいつまでも気持ち悪い。

「…………いや、実際に頼ってくれないと困るな。あの男から君の事をもっと知りたいと言われてるんだ。紗那より奔放ではないけど、ある程度は自由を利かせるよ?」

「じゃあ、教師を説得して、俺が生徒指導室に行かないようにしてくれますか?」

 カガラさんは何故か指先で投げキッスをして、ウィンクと共に微笑んだ。



「お安い御用、さ」

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界が主人公に優しくない… ストレッサーの塊ですね [一言] そういえばカガラさんもヒロイン戦争に参加してましたね
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