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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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幻の証言

 この世に救えない存在など一人も居ない。この世界に生きる人間は性善説を字面だけ受け取ったような善人ばかりで、だから救えないなんて事はない。救いようがない存在何て生きている限りあり得ない。

 だから俺の発言は禁句だったのだが、未紗那先輩が助けを出して、俺がそれを承諾した事で状況は一変した。

「…………こうなりますか」

 先輩に連れられて教室に戻ると、クラスメイトが全員頭を抱えてその場に蹲っていた。ただし蹲り方は一般的なそれではなく、明らかに体勢の間違った人間も居る。蹲っているというより倒れている。倒れているというより崩れている。


 ―――糸が、減った。


 青い糸と白い糸が消えている。赤い糸はまだ繋がっているが、先輩と比べると赤みが薄れていて色がなくなりつつある。

「…………結論から言って、早速君に迷惑を掛けちゃいました。これから授業は隣のクラスで受けて下さい。先生には私から伝えておきますから」

 言いつつ、先輩は早速携帯に視線を落として連絡を入れている。邪魔をするのもおかしいので、彼女の用事が済むまで置物のようになってしまったクラスメイトを観察してみる。

「これは…………一体」

 死んではいない。瞬きをしているのでちゃんと生きている。でも血色は良くないし瞬きも不規則で目が乾くからしているというより神経が一々暴発しているような動き方だ。指を目の前で動かすと時々追従するがそれでも大半はあらぬ方向に動く。

 携帯をポケットにしまった先輩が俺の隣でクラスメイトに触れる。

「私が君を助けた結果です。こうなるとは予想だにしていませんでしたが……何事もなく終わるとは思っていませんでした。あまり組織の事情は持ち込みたくないのですが、上司に連絡を入れておきました」

「……何がどうなって……こいつらどうしたんですか!?」

「式宮君。認識出来ない存在とはどのような物でしょうか

「は、は? …………えっと。死体ですよね。手遅れなもの。助けても見返りを出せない存在」

「その通り。君はクラスメイトに自分は助けられないと言って、その結果投げられました。別の視点から言い換えましょう。君のクラスメイトは君をどうやっても助けられない存在だと認めたんです」

「まあ……そうでしょうね。じゃなきゃ善人があんな事するとは思えないですし」

「そして私がそれを覆しましたね。こうなると君は決して助けられない存在ではなかった事になります。助けられる存在を助けなかった……それは善人にあるまじき行動です。君には彼らがどんな風に見えているのかは分かりませんが、今の彼等は自分を認識出来ていません」


 …………?


 自分を認識出来ていない?

「それがどうして……こんな事に?」

「耳が聞こえなくなると自分もまともに喋れなくなるのはご存知ですか?」

「……口は動くのに、喋れなくなる?」

「厳密には喋れますよ。ただまともに言語を操れるかと言われたら怪しいですね。声は自分の耳でもちゃんと聞こえているから正しい発音が出来るんです。自分が聞こえなかったら正しいのかどうか分からないでしょう? それと同じようなものです。自分を認識出来なくなったから立つ事も出来なくなった。目の動かし方も曖昧だから精度が悪い。君の大嫌いな善人の定義からは無事に解放されましたが、これでは植物状態と何も変わりません」

「……だから機密を全部ぶっちゃけてるんですか」

「その通りです。しかしこのままでは死んでしまうので保護させます。もう間もなく教員に扮して組織のメンバーが来るので、君は保健室に退散しちゃってください」

「……殺したりしませんよね。安楽死とか」

「メサイア・システムがそんな事をすると思いますか? 怪しいのは名前と信条だけで、善い組織ですよ?」

 先輩のスタンスは変わらない。この人は信じ切っている。妄信している。メサイア・システムの何たるかをまるで知らない。クラスメイトをこのままメサイアに預けるのは不安だが、ハイドさんとのやり取りを全てぶちまけようとも思わない。それでは話が違う。

 俺にはこのクラスメイトを助けられない。先輩の言う通り善良な組織であると信じてこの場は従うしかないようだ。

「……保健室に行けばいいんですね」

「ええ。二時限目からは隣のクラスで。何とか間に合わせるので、すみません」

 そう言い終わると未紗那先輩は教室の中に戻っていってしまった。既に中庭の騒ぎは鎮まっており、他のクラスでは何事もなかったように授業が続いている。その中で廊下を出歩くのは生徒の規範として憚られたが、担任の先生がああなっては授業も何もない。一時限目の教科担任も丁度同一人物だったのは不幸中の幸いか。危うく余計な被害者か目撃者を増やしていたかもしれない。

「保健室、何て言えばいいんだ」

 用事がないと保健室には留まれない。授業続行が不可能になったと言えば……いや、いやいやいや。普通の人間なら首を傾げる事請負だ。そんな馬鹿正直に話すのではなく、もっと上手い具合に嘘を練って……どういう嘘なら養護教諭に通じるだろうか。

 保健室の扉を開けてから考えようと自棄になって突っ込むと、そこには誰の姿も見えなかった。用事があって一時的に外しているのだろう。考える時間が増えたのは都合が良い。奥のベッドに寝転がると、天井の切れ目を数えながらぼんやりと考えを巡らせる。



 どうも気に入らない善人から属性を解放すると、事実上の廃人になってしまう。


 

 『傷病』の規定よりも性質が悪い。あってもダメ、なくてもダメならどうしてやるのが正解なのだ。現状維持が一番マシ? 俺はまだこの苦しみを味わい続けないといけないのか? 今までは日常風景として諦めたが、因果の糸然り干渉出来るなら話が変わってくる。

 無論、今はどうしようもないが。

「…………」

 どうしようもないといえば先輩のメサイア・システムに対する態度もそうだ。どうすればあの人を引き離せるだろう。巡り巡ってそれは組織そのものを潰す事になるかもしれないが、その後の実権はハイドさんにでも握らせれば上手くやってくれるだろう。一旦瓦解すれば全権掌握など簡単な筈だ。

 問題は切り口をどうするかだが、幻影事件しかない。現在の未礼紗那が形成されたのは その事件が発端だ。人類全員が知っていて当たり前な話を俺だけが知らない。これも気になる。


 ―――マキナに詳しく聞いてみるかな。


 アイツは自分を第三者に置いていたが、だからこそ客観的に話が出来るかもしれない。部品探しのついでに話題を振れば機嫌を損ねるような事も無い筈だ。





「また授業サボってるんですか、不良学生」





 誰も居ない筈の保健室から少女の声が聞こえた。驚いて飛び起きると、校庭の窓縁に肘を置いて羽儀兎葵がジトっと呆れ顔で俺を見つめていた。

「と、兎葵……不法侵入、だぞ」

「そんなの関係ないです。私、貴方に文句を言いに来ました」

「文句?」

「町中で噂になってます。やめてくれませんか。私が貴方と肉体関係にあるなんてとんでもない誤解です。何でそんな事言ったんですか」

「………………………いや、え? 町中って…………え? 町中? 町中?」

「貴方が広めた訳じゃないんですね」

「広める訳っていうか……そこまで親密じゃないだろ! 何か月も会ってなかったし!」

「…………そう……ですね」

「いやいやいや……え? ちょっと……待ってくれ。脳が追いつかない。町中で噂になってるってのがおかしい。大体俺はそこまで有名になった覚えがない」

「そうですか。でも一時期貴方の顔写真を至る場所で目撃しましたよ。アイドルを誘拐したんでしたっけ」

 

 完全に忘れていた。


 そう言えばそんな事も言えないくらいの大事件だったのに、それよりも鮮明に残っているのはマキナとの添い寝だけだ。今でも至近距離で見たアイツの寝顔は曇りなく思い出せる。金銀財宝さえ劣る彼女の輝きは寝顔にさえ付随している。 客観的には理不尽極まる事件でも、すっかり非日常に入り浸っていたせいで俺にとっては『そんな事』で済まされていたのだろう。

「……だけど、俺に文句を言われても困る。俺だってその噂に困ってるんだ。大体お前は誰から聞いたんだよそれ」

「見ず知らずの人からです。そちらは?」

「クラスメイトから。後、妹。俺にもさっぱり分からない。俺とお前の接点なんて殆ど無いのに、犯人はどうしてわざわざ結び付けたがるんだか」

「…………さあ。私に聞かれても」

「いや聞いてないよ」

 二か月とか三か月とかそれくらいぶりに出会った兎葵はハーフツインテールに髪を纏めており、年相応の幼さと可愛さを両立させている。この子と肉体関係なんて考えられない。もっと噂の人選はどうにかならなかったのか。こゆるさんなら事件の事もあってまだ納得も行くが、ランダムマッチングさせたかのような人選には問題がある。

「……あ、そうだ。兎葵。お前は幻影事件って知ってるか?」

「知ってますけどそれが何か」

「やっぱりお前も…………家族が死んだりしたのか。もしかして家が無いのって」

 初めて兎葵が目を逸らす。それは最早答えだ。幻影事件を知らなかったとはいえほとんどの人間にとって常識なら悪い事をしてしまった。今更謝罪するのも傷口にわざわざ塩を塗るみたいで薄っぺらいので謝らないが、この話題には気を付けなければ。

「…………お前の知ってる範囲で教えてくれないか。幻影事件の事」

「どうして」

「俺はその事件を何にも知らない。でも知らなきゃいけない気がする。真相を教えろなんて言わないよ。誰にも解明できてないんだろ。だから……何が起きたかだけで良いから」


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[良い点] 対善人最強の切り札 [一言] 神出鬼没な人が多すぎる世界
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