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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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インチキに詐称し欺瞞する

本当は昨日出すつもりでした。

 火のない所に煙は立たない。そんな言葉が嘘っぱちである事なんてよく分かっている。分かっているつもりだ。

 じゃあ何故そう思うかと言われたら、丁度いい機会なので現況を用いて説明しよう。

「―――だからって椅子に縛り付けるとか善人としてどうなんだよ」

 その一、善人の発言は基本的に信じられる。善い人が嘘を吐かないという図式だろうか。そもそも嘘に悪という概念はない筈だ。あらゆる全てに正直であるならその人間は報われるかと言われたら答えは否。そんな単純な世界で俺達は生きていない。今も十分単純化されているが、言葉一つに善悪が一々分けられているなら『人間』という概念にもそれをつけてみろ。

 何故結論が先に来るのか。嘘を吐かないから善い人になるのが普通で、善い人だから嘘を吐かないというのは全くの意味不明だ。頭がおかしいとしか言いようがない。それで実際に正直者ならまだしも―――現況では、完全に嘘を吐かれている。

「授業を始められる訳ないだろ。有珠希、お前……犯罪者になり下がるとはな」

「成り下がるとかじゃなくて冤罪ですよ先生。こいつが嘘吐いてます」

 稔彦を指さして真実を訴えるも、会話に参加していない他のクラスメイトから何十倍にも非難が飛んできた。言葉の刃とは言うが、実際にハサミやカッターナイフを投げつけるのはやめてもらいたい。頭に投げてくれたのがせめてもの救いだ。ギリギリで躱せている。

 名指しで俺に敵意を向けられた本人はというと、何を根拠にかあり得ないと頭を振って、何やら確信を持った表情をしている。

「俺が嘘吐く訳ねえだろ。嘘を吐くのは悪い事だって教わってないのか?」

「実際に嘘吐いてんだから仕方ねえだろ。そこまでして未紗那先輩の好感度稼ぎたいのかお前は。ああよく分かったよ、猶更協力してやるもんか。お前みたいな性格の悪い奴に先輩を渡すとか寒気がする」

 ああ、本当に。分かったような口を。

 俺だって全部知っている訳じゃないのに。先輩を言及されるだけで酷く不愉快だ。こんな奴等に関わらせたくないなんて。友達は選べなんて。拘束するかのような言葉ばかり浮かんでくる。


 ―――まあ、俺は善い奴じゃねえよ。


 そもそも殺人を容認してるし。アイドルを誘拐したし。お世辞にも、かつての価値観としても善人ではないし聖人かどうかは論外だ。でもこいつらよりはマシ。人間の理想形を単純化したような奴等よりは遥かに生を楽しんでいる。

「お前マジ……シャナセンとちょっと仲良いからって調子乗んなよ。言うて俺らと同じくらいだかんな?」

「皆、横並びで進展がないから一抜けするかさせたいんだろ。そりゃそうだよあの人優しいからな。博愛主義者かもしれない、少なくともお前等よりはずっと公平に善人やってる」

 苛つく。

 糸のせいなのか、言動のせいなのか。見てても聞いてても腹が立つ。身体を拘束されているから耳は塞げない。目も潰せない、白い糸がゆらりと動き、クラスメイトの因果には続々と青い糸が新たに生まれている。

「…………?」

 ただ糸が視えるだけなのに。不思議とその意味を理解出来てしまう。彼等はこれから何かをするつもりだ。青い糸が全く同じタイミングで生成されたという事は、同じ行動を考えている…………? いや、どうだろう。こゆるさんのファンだって奪還という行動で一致していたが、その時は既に糸は繋がっていた。


『因果の視覚化っていうのはね、人類そのものを俯瞰してるに等しいのよ。この際原因は置いとくとして、貴方の力は貴方に理解しやすいようにされてる。貴方は全く意味分からないとか言うかもしれないけど、貴方という人間にとって最も理解しやすい形が赤い糸なのよ』


 マキナの声が蘇る。

 俺にとって理解しやすい形が糸だなんて全く意味が分からなかったが、糸じゃなければきっとこんな現象は起きなかったのだと根拠なき確信を持っている。ともかくここからは迂闊な発言を控えよう。何となく危ない気がする。

「式宮有珠希君。君の問題行動は度々校内でも問題になっています。反省する気はないのですか? 助けを求める気は?」

「ない。お前等なんかに助けてほしくない。先生もこの中に入ってます」

「ねえもう何でもいいから認めてよ。授業はじまらないじゃん」

「それは先生とゆかいな仲間たちに言ってくれ。やってもない事を認めろなんておかしいだろ。まるで俺が痴漢で駅員室にいるみたいだ」

 犯罪者と善人が一括りになる世の中は間違っている。罪を償っているならまだしも『俺を助けると思ってこの犯罪は無かったことにしてくれ』と言えばそれで潔白になるとか、何の冗談だ。認めろというのは暗に同じ言葉を言えと促しているような物だ。

 この世界に悪人はいない。ただ認めるだけなら、それはこの世界に初めて生まれた悪人の誕生だ。自称善人はそれを受けて何をするのか。想像もしたくない。

「他にも君は市内の店を回って万引きを繰り返し、自転車で走る人を蹴り飛ばし、ペットを連れた人を気絶させてそのペットを殺したという噂もあります。事実ですね?」

「噂って言ってるのに事実が前提なんですか? 教職ってそういう態度が正しいんです?」

「噂……確かにその通りです。しかし元を辿れば必ず真実だと明らかになるでしょう。君は日頃から素行不良で知られていますから」

 このままでは授業が始まらない。授業が無ければ学校に居る意味もない。未紗那先輩と気兼ねなく交流出来る場所と言えば聞こえは良いが、ここまで居心地が悪いとそれすら天秤にかけてもいいくらいどうでも良くなっている。



 そんな時、ふと興味が沸いた。



 善人を手遅れにさせたら、どうなるのだろう。

 俺がこの世界で数少ない悪人であるというなら、その教唆を受けて悪堕ちしたらどうなるのだろう。どうやって、という部分は何も思いついていないが、生きたまま手遅れになったらどうなるのかを知りたい。相手も死なず、自分も死なず、ただただ善人を名乗る事が許されなくなる。

 どういう状態だそれは。

「…………因みに、先生にその根も葉もない噂を垂れ流したのは誰ですか?」

「教えて欲しいですか?」

「いやいいです。その前置きが嫌いなんで」

「有珠希よお! なんでお前はそうやって拒むんだよ! 先生はお前のために言ってくれてるんだぞッ? お前がどうしようもない奴でも助けようっていう人の気持ち少しは考えろよ!」

「稔彦君…………」


「いい事言うじゃん……」

「かっこよ」

「マジで正論」


 ハンカチで涙を拭う担任の姿が滑稽に映る。茶番だ茶番。斜に構えてるとか冷めてるとか厨二秒とか感情が無いとかではなくて、ここまで心に響かない言葉があるとは思わなかった。ネットの書き込みの方がまだ感動出来る。共感できる。信頼出来る。

「……俺はな? お前を親友だと思ってるから! 言ってるんだぞ!」

「じゃあ俺の悩みを答えてみろよ」

「へ?」

「俺が小学校ぐらいからずっと悩んでる事、言ってみろよ。もし分かったらそんな親友の言う事を聞かない訳にはいかない。何でも聞いてやる」

 俺の悩みは誰も知らない。知っているのはこの世界で唯一無二のキカイと優しい先輩と胡散臭いメサイア・システムのごく一部。そしてあの日出会ったおねえさんだけ。稔彦はどうせ自分を疑いようもなく親友と思っているだろうから、明確に基準を設けてやる。

「ほら、答えてみろよ。こいつじゃなくていい。誰か言ってみろよ」


「誰か好きな人が居る!」

「成績が落ちてる!」

「お金がない!」

「家族との仲が悪い!」

「趣味がない!」

「毎日が楽しくない!」

「寝不足」

「身長」

「最近太った」


 全員違うと言うように溜息で一蹴。

「悩みなんかねえだろ。お前って俺達と同じで気楽に生きてるし」

「一緒にすんなよ気持ち悪いな」

 悩みはある。日常を犠牲にしても叶えたいような願いがある。そして、やはり誰も知らない。この教室に親友と呼べるような人間も居なければ誰も俺に興味なんてない。結々芽がまともだったら知っていた可能性はあるが、今更死人に思いを馳せてどうなる。



「友達が欲しいん、だろ」



 教室の後方で様子を見ていたクラスメイトがぽつりと呟く。俺も含めて全員の視線がそちらに集中した。

「お、俺は知らないぞ。でもそういう噂を聞いたんだ」

「本人が目の前に居るのに噂を話すのか。俺は事実を知ってるのに」

「何だよ! 山田先生が嘘吐いてるってのか!」

「吐いてんだよ。本人が言うから間違いない。大体張本人と何処の誰かもわからん先生のどっちが信用出来るかなんて―――」



「なーんだそうだったのか!」



 稔彦が俺の頭を撫でてくる。話の通じない奴に頭を撫でられるのは、寒気というより眩暈を引き起こした。

「いやいや。俺は元々親友だから知ってたよ。他にも悩みがあるかなあなんて思ってただけだ! そうだろ親友? じゃあ早速悩みを解決しよう。約束通り言う事聞けよ? ここの皆と友達になるんだ」

「おい、ちょっと話を」

「先生にもなってもらおう! 年代とか関係ない、これで友達何人だ? すげえ増えたなやったなお前―――」



「とーもーだーちーはーたーいーとーうーなーんーだーよ!」



 至近距離なら鼓膜を傷つけそうな大声で騒ぎ立てる。全員の声をかき消すくらいの大声で、空気を読まずに割り込んだ。

「何でもかんでも決めつけて、ふざけんじゃねえよさっきから。お前等みたいな奴が一番嫌いなんだ。何が善人だ。まともじゃねえよ。ていうかいい加減気付けよ。稔彦。お前は俺の悩みなんか知らないし、噂も全部デタラメ。何故なら俺の悩みは誰にも話してないし、噂なんて生まれる程俺は有名人じゃないからだ。違うって言ってんのに合ってる事にするのは正解を誰も知らないから。人の悩みを何だと思ってんだ。単純化しやがって。なあ気づけよ。そろそろ気付いてくれよ」

 言葉に出してからではもう遅い。それは禁句であると、知っていた筈だった。








「お前等じゃ俺は救えない。救いようがないんだよ!」  

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 有珠希くん言っちゃいましたね。
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