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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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式宮家の湯たんぽ

「……今日はありがとうございました」

「いや、いいって事よ。前向きに検討するって言葉が聞けただけでも収穫ってもんさ。てめえの力が手に入るならそれくらいは安い。最後に勝つのはこの俺だ」

 あんまり顎で使うのは良い気がしなかったが、これくらいは良いだろうとタクシー代わりに家まで送ってもらった。現在時刻は深夜に差し掛かっている。どんな交通手段を使おうが、或は突然テレポートの力を手に入れようが手遅れなものは手遅れ。

 今は一秒でも早く寝たい。歩きたくない。あそこから徒歩で帰ろうなんて糸に対するストレスよりも寝不足に対するストレスで気が狂うか倒れるか。そのどちらも回避する為にもこの要求は必要だった。

「私の電話番号は交換する意味あったの? この人が嫌いだから直に話したくないとか、そういう事情があると思ったんだけど」

「俺に接触しやすいのはハイドさんよりはカガラさんでしょ? 未紗那先輩にも不自然に思われないでしょうし」

「まあ、それはそうかもね。仮にも相棒だから、君に関わっても違和感はないし、何なら朝は私が独占してる」

「俺はてっきりカガラに惚れちまったのかと思ったよ」

「なんか惚れっぽい人みたいに言われるのは癪ですね」

 耐性が無いのは認める。どいつもこいつも糸だらけで、異性がどうという以前に駄目なのだ。生理的に無理ならぬ因果的に無理と言っていい。そもそも糸が存在しないマキナと、糸が視えるのに何故か気になってしまう未紗那先輩が特殊なだけだ。

「惚れっぽいのは悪い事じゃねえよ。こいつも顔だけは一丁前に良いからな。まだガキのてめえが惚れたとしても笑うようなもんじゃねえ」

「惚れてないですって。カガラさんの事は最初から胡散臭いと思ってましたし

「ねえ、この話どっちのターンでも私が傷つくだけだからやめないか?」

 後部座席の窓が閉まる。カガラさんは最後に俺へ向けて投げキッスをしようとしたが、車が発進したので背凭れに身体を叩きつけられていた。



 ―――さてと。


 

 珍しく妹に頼らないといけないようだ。玄関は閉まっていて、鍵は別に渡されていない。妹と電話で会話した時が随分昔の様にも感じる。家の裏手に回って彼女の部屋の窓を確認すると、屋根をよじ登って接近し、硝子を叩いた。

 寝てるならそれでも恨んだりしなかったが、暫く待っているとピンク色のパジャマを着た牧寧がひょこりと顔を出し、直ぐに窓を開けてくれた。

「に、兄さん……?」

「おう、悪い。今帰ってきたから家に入れてくれないか?」

 屋根で靴を脱いだのは初めてだ。妹は文句一つ言わずに靴を与ると、一階の方へ降りて行ってしまった。


 ―――あんまり頼るのも、申し訳ないんだけどな。


 頼るという事は、巻き込むという事。『傷病』の規定は半ば事故に近いが、こゆるさんの一件でも巻き込みそうになったのだ。妹がそれなりに大切だと思っているからこそ、俺の周りには居させない方がいい気もする…………

 そんな妹が部屋に戻って来たのを見て、立ち去ろうとする。

「ちょっと。何処に行くつもりですか?」

「自分の部屋だよ。風呂入って歯磨いて……別に何の問題もないだろ」

「そういう事ではありませんッ。いいですか兄さん、この冬の季節に湯たんぽもカイロもないような布団は寒いに決まっています。それで翌朝に風邪を引けば一体誰が兄さんの面倒を見ると思ってるんですか?」

 言いたい事は分かるが、大袈裟すぎる。冷たいのは感覚的な話であり、それは風邪を誘発するような物ではない。仮にそうなったとしたらそれはもう布団自体が氷だったのだろう。ここがヒマラヤで俺が雪男か何かだったらあり得るかもしれない。

「……お前の部屋に布団はないだろ?」

 妹が無言で己のベッドを指さした。

「…………流石に妹を追い出してまでぬくぬくと温まる気にはなれないな」

「何でそうなるんですかッ。兄さんの鈍ちん! 部屋が違うだけで私達は……そ、その。一緒に仲睦まじくさながらめお……のように寝ていたでしょう!?」

「あれはお前から来ただけって言い訳が出来るけど、俺がお前の部屋に居たらなんて言い訳するんだ?」

「言い訳など必要ありません。兄妹の仲が良いのは素晴らしい事です」

 そりゃそうだけれどと、俺は乗り気じゃない。

 単純に迷惑を掛けそうなのだ。門限を過ぎて部屋に入れない筈の俺が妹の部屋で寝ていたらどう考えたって手引きしたのは牧寧という結論になる。そうなれば怒られるのは彼女で、俺と俺以外との態度の変わりようを見ていると泣き出す事はないだろうが―――なんか、嫌だ。他人が怒られているのを見ると、こっちまでげんなりしてくる。

 同時にこの手の危惧を本人に伝えるのも恩着せがましいというか善人ぶっているというか。なので言わないし、言いたくない。何とかして妹の理屈を破れないものだろうか。

「あーあれだぞ。俺と仲が良いなんて事になったら、最悪絶縁されるかもしれない。嫌だろ? 話終わり! じゃあな、お休み!」

 


「……別に、兄さんが居るなら」



 今の独り言は聞かなかった事にする。人間だれしもプライベートな闇は抱えている。話したくない感情、見せたくない思い、明かしたくない約束。俺にとってはマキナとの約束が該当する。妹が何を言おうとそこには首を突っ込むべきじゃない。ただでさえ妙な組織のゴタゴタに巻き込まれて突っ込んだ首が捥げそうなのに。

 一通りの就寝準備を済ませた後、倒れ込むように俺は眠りについた。どうせ同じ夢を見るのだろうが、今はそれを求めたい。今夜は心底疲れた。妹の言ったように布団は布と綿の集合体とは思えないくらい冷たかったが、空腹に勝る調味料もなければ疲労に勝る枕もない。

 自分でも驚くくらいの速度で、俺の意識は落ちていった。


























 夢の事も碌に思い出せないくらいの深い眠り。

 夢を見ていたような見なかったような、曖昧な寝覚め。

 あの人の隣で寝転がっていただけのような、眼を瞑って直ぐ起きたような。

「………………何だ?」

 今日の俺はおかしい。具体的に説明出来るのも妙だ。キカイの心臓がいつにない速さで拍動している。身体が熱い、湯たんぽがどうという段階はとっくに超えて、暖炉の灰でも被っているみたいだ。一方で汗は掻いておらず、布団に染みついた冷たさもどこへやら。

「……有ー珠ー希ッ!」

 

 布団が大きく膨れ上がったかと思うと、中から金髪銀眼のキカイが姿を現した。


「おはよ?」

「お、おはよう…………えッ?」

 その財宝のように煌びやかな髪を、月のように丸い瞳を、大きく突き出た胸を、磨き上げたようなくびれを、陶器のような肌を、魅惑的な臀部を、知っている。間違えない。間違えられない。間違えるなどという愚かは許されない。

 寝覚めの朝には眩し過ぎる太陽のような女性は、今しがた押し倒したような体勢で顔を近づけてきた。

「有珠希って朝は意外と弱いのかしら。声に元気がないわよ」



「…………ま、マキ………………おま。おまッ!」



 何でここに居るんだよ!   

 そんな声が喉まで出かかってぐっと堪える。何でなんて聞くまでもない。コイツは無事に回復したからそれを知らせる為にわざわざやってきたのだ。

「…………も、もう大丈夫なのか?」

「故障の事? ええ、随分長い間休んじゃったけどもう大丈夫よ。むしろ身体の中が一度ぐちゃぐちゃになったとは思えないくらい今は調子が良いの! さっきまで私も怠かったのに、何でかしらね? 有珠希の家を見かけたらスっと軽くなっちゃったッ。ねえ、これはどんな規定かしら。自分で気づいてないだけで調子が悪い?」

「…………」

「有珠希?」

 

「―――お休み」

 

「え?」

 朝からこんな絡まれ方をされては堪ったものじゃない。悪い夢だと思い、俺は目を瞑った。首回りが鎖骨まで開いた白のセーターを着るマキナなんて知らない。そんな可愛い奴が起きて目の前に居る訳がないのだ。

「ちょっと、せっかく起きるの待っててあげたのに! 起きて有珠希。ねえ起きてってばー!」

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 皆闇深ですね それにしてもめおとって言い回し… [一言] 何気に登場回数の少ないマキナさん インパクトは強いですが
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