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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅲrd cause 飽和したカイラク

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63/213

⻂つ月

 世界全体が震えている。

 檻は煌々と燃え盛り、草木は風を忘れたように沈黙している。空間全体が恐怖に震え、真昼の雲は逃げるように散っていった。


 ギギギギギギ。


 ―――これが、マキナ なのか。


 突然始まった心臓の軋みだけが辛うじて俺を現世に留めている。それにしても我が目を疑いたい。あんなに活発で、温厚で、甘えたがりのポンコツだった女の子が。人体ではあり得ないような場所に青筋を立てながらゆっくりと宙から降りてくる。

 違う。

 何もかも違う。

 キカイの異常性を初めて知った。楠絵マキナは正真正銘の支配者だ。この世界の秩序を管理する、森羅万象の上位に君臨する絶対の皇帝。多くの部品を失っていながらも、超越者然とした振る舞いに誰が文句を付けられるだろう。

 あれだけ好きでたまらなかった銀色の瞳が、黄金に染まっている。それはあまりに輝かしく素敵。世界から太陽が無くなっても、その双眸だけは光を捉えて逃がさないかのようだ。

「ネ え」

 推しがどうと騒いでいた人間が、停止している。あれだけ目標を達成できた事に歓喜し、感涙し、完了するまでがファンとしての義務だと息巻いていた連中が、天を仰いで動かない。連れ攫われる只中にあったこゆるさんも例外ではなかった。

「堕 乚」

 殺される。

 死んでしまう。

 逃げられない。

 青い糸がひとりでに切れていく。白い糸も本数を減らしていく。それはおかしい。考えられない。青い糸はともかく、白い糸がひとりでに切れていくなんて―――それはつまり、何も行動しようとしていないという事。多くの人間が、この場で全てを諦めたという現実だ。


 ―――馬鹿な。


 赤い糸はどうだ。因果において人生を内包した糸が。それを構成する繊維が一つ、また一つと剥がれ落ちていく。目も、動きも、或は全てを奪われた存在を尻目に、マキナは早々とした足取りで俺の方へ近づいて来た。滅多刺しにされた背中に手を触れて、血を戻していく。

「……………………」

 何か、喋ってくれ。

 俺は気がおかしくなりそうだ。空気の振動を肌で感じているのは何故だ。それはまるで、マキナに恐怖しているみたいではないか。

「…………………ぁ、キ……な」

「……」

 一瞬。左目が銀色に戻ったがそれも束の間、俺の眼を掌で優しく覆い隠し、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。



「……守ルん、だから」

 


 ―――目を、閉じていて欲しいのか。

 お前は一体何をするつもりなんだ。やめろ。手を伸ばせ。俺じゃないとこいつは止まってくれない! あと少しなんだ。あと少しで規定が戻るんだ。だから、後もう少し。我慢してくれないと。こいつは今すぐにでも、この場にいる全員を皆殺しにしてしまう!

「こ҈͜͠⼕̴̧̛ ҈͢͞シ̷̧͝ ̵͢͡て̶̧̕ ҈̨҇あ҈̕͢ ̴̢͞げ̶̕͜る҉͢͡ ̴̢̛」

 


 パキンッ!



 空間が硝子のように割れていく。テクスチャを剥がすように景色だけが固形物のように砕かれていく。奥に控えるのは黒でもなければ白でもない。向こう側は透けないし、何のエネルギーも流れていない正真正銘の虚無。

 マキナの手が触れている空間からその罅は徐々に広がっていく。加速度的に、放射状に。逃げる間もなく彼等も罅に囲まれた。串刺しになっていると言っても過言ではない。

「ま…………ま、キ…………!」

 


「アイツも波園ちゃんを誘拐しようとしてるぞおおおお!」

「仲間だ、ここで止めないと俺達の波園ちゃんが!」

「波園ちゃん。私が守るんだああああ!」



 ハートの因果はまだ残っている。繊維が離れボロボロなれど、彼等をそうさせているのは偏にキカイの部品。皮肉な事にマキナの力が、彼等に全てを諦めさせる選択を良しとしなかった。『愛』の規定に基づいて、彼等はただ、目の前の敵を撃破する。最愛の人を守る為に。

「ゃ…………めえ…………」

 突き刺さった罅を中心に、真正面から突っ込もうとしたファンが崩壊。死体を認識出来ない彼等にとってそれは突然消えたように見えた筈だ。戸惑っている内に地面の強度が変わり、残る全員の身体が地中に埋まった。首だけを出す、さながら犬神のように。



「うわあ、な、なん―――」



「オ⺼達 ⽮小な豚が 亻つけテいい 人 ジャ亡」

 

 止められない。止まらない。マキナの怒りが収まらない。彼女はこの場に埋められた全員の頭部を丁寧に踏みつぶしていった。

 彼女の足に触れたが最後、じりじりと自分の頭が溶けていき、やがて泥を踏むみたいに踏み抜かれる。同じアイドルを推す者の―――否、そうやって、ゴミクズの様に消されていく命さえ、彼等は認識出来ない。

 一人。二人。三人。四人。

 認識出来ないから増えていく。


「波園ちゃん! 今だ! 逃げるんだぁあぁぁぁあああ!」

「わ、私達はだいじょうぶゃあ」

 

 何の感慨も躊躇もない。

 

 規定に狂わされた人間が、最後まで自分の推しを心配して殺されていく。

 踏むだけで死ぬなら、マキナにとって人間は蟻とそう変わらない。こういう事態を避けたくて俺が居たのに、何て情けない。着火剤になりたくてアイツと取引をしたつもりは断じてないのに。

 じわじわと治療されていく身体にもどかしさを感じていると、視界を大きく塞ぐ物体が飛び出してきた。

「…………波……!」

「有珠君ッ。い、今の内に逃げよ。わ、私頑張るよ」

「だ…………め…………だぁ」

 ファンの事をどう思っているかなんて、この際どうでもいい。彼等の献身は『愛』の規定に因るもので、それは最後まで心を打たなかっただけの話だ。けれど自分の命は大切にしてほしい。


「ナⅱ シてる」

 

「……ひっ!」

 マキナはいつの間にか俺の傍に戻り、俺に手を伸ばそうとしたこゆるさんの手を拒むように割り込んでいた

「⾓ る ⺣」

「…………ま……き…………ナ。…………や………………め」

 渾身の力を振り絞って、マキナの手を掴む。ほんの一瞬、金色に染まった瞳が銀色に濁った。

「…………や…………め…………て……く…………………」

「―――有珠希」

 喉を常にカミソリで切られているかのようだ。まともに声が出せない。どんな状態だ。滅多刺しにされたのは喉だったか? しかし声は届いたようだ。マキナが初めて彼等に背中を見せ、俺の顔を覗き込んだ。

「…………たの。もう……いい―――か、ら」




「彼に触らないで!」




 とんだ命知らずがまだこの場に居た。こゆるさんは一体何を言っているのだろう。この女性が明らかに普通の存在ではなくて、只の人間が太刀打ちできるものではないと実演された筈だが。強いて言えば、余計な事をしてくれた。非常に全く、とんでもない真似をしてくれた。

 せっかく元に戻りそうだったのに、マキナの瞳が再び金色に戻ってしまった。

「キ⼧くヨブ な҈͙͔̞͉͍͕̭̠̒̀͒̀̿̃̏̚͜͝」

「よ、呼ぶ。だ、だって有珠君は私のモ―――」

  


    


「それ以上は看過出来ません!」







 その声には、聞き覚えしかない。

 いつぞやの頼れる先輩がやってきたのだ。視界には入っていないが、取り敢えずこの状況を捕捉出来る場所に。

「波園こゆるさん。悪戯にソレを刺激しないで下さい。そしてキカイ、マキナ。貴方に感情など無かった筈です。私の知るキカイならば、直ぐにでも落ち着いてみせて下さい。」


「好̤͔͇͍͙͓͔̘̲̒̌́̓̓̓̐̚き̝͉̙̪̳͎͗͌̾̑̎̒̒̌̆な̣͉̲̞͂̿̈́̾人̜͔̝̤͔͈̘̉̈̃̄̀̄̒̈̅́を̪͉̙̞̮͎̤̙̰̭̘̀̀̀͑̓͋̑̾̾殺͖̱͉̰̞͉̉̀̄͌̅ͅさ͍͇̘̥̖͎̦̱̗̥̈̎̇̄̈ͅれ͓͕̝̭̬̠̥͓̊͗̊͊̏͋̓̊そ͇̠͉͇̜͔̜͕̔̆̒̒̇̊́̉͒̓̽う͚̬̟͚̏̾̾̓̐͆̊͆̾̆̃̚に̮͙̫̪̖̦͉̅̓̈́́̓͐̐͋͋な̝̯͇͚͍̋̄̋̂͛͋̈́͒̃っ͍̖̭͚̓̓̾̈́̍て̦͖̬̟͕̥̱͙̣̗̭̖̓̓̐̅͑̈́̃̐͆落͔̜̫̣͎̩͎̫̞̾̉͂̋̂̒̆ち̣̳̩̟͎̒̔̑̍̌͆͆̎̎̊着̫͚͍͓̱̲͎̾̆̌̃͆̿̋͛͐͊け͚̗͎͉̾̊̀͋̋̔̅͆̂̈̿͆な̮̫͕͓̒̊̂̈́̊ん̞̬̖̰͖̓̀̇̅て̝͖̞̗̮̩̭̭̣̮̗̾͂̓̃̋̎̒̽̚ふ̮̲̖̞̬̣̙̽̇͂͑̅͑̆̾̀ざ̦̠̦͈͂̂̇̂̌̓̊̌̋̈͆̎け͕̭͇̯̲̞͓̝̭̠̗͛̍͗̾͋̋͂て͎̪̩͔͆͛̏̈̐͐̊̆̉̇́̈́ͅる̟̬̥̝̘̥̐͋̇͆̍の̙̟̭͙̤͚̙͇̠̬̌̓̒͛̀͐̇̑̍?͈̫̪̩̤͈̰̟͚̐̂̂̌̾́͌̽̈́̿̉͋」


「…………何を言っているのかはわかりませんが、落ち着くのは無理そうですね」

 そんなの、問答するまでもないだろうに。

 マキナはもう怒りのネジが吹っ飛んでしまった。目を動かすだけでも、まるで噛み合わない歯車が無理やり互いを擦り合っているかのような痛々しい音が聞こえてくる。何もかも限界で、何もかも暴走したままで。これ以上は駄目だ。きっと彼女自身にも良くない事が起こる。


 何せマキナの体内は殆ど全てに俺の身体から見繕った代替品が収まっているのだから。


 

「―――目的は分かっています。波園こゆるさんの体内にある部品ですね? 普段であれば交渉の余地もなく貴方へ突っ込んでいる所ですがそうもいかない。私では完璧に被害を防ぐのは不可能です。どうでしょうキカイ。部品は貴方に譲りますから、この場を引いてくれませんか」

「………ま……キ……ナ」

 こゆるさんとは交渉したから殺さないでくれ、ちう部分まで言葉が繋がらない。俺の呼びかけには完璧に反応してくれるが、結局最後まで伝わらないのでは何の意味もない!

「…………ころ……す、な…………ぁ」

 そう。それが限界。そろそろ声帯がミキサーに掛けられる頃だ。まともに喋れなくなって声も出せなくなるその前に。早く。

「…………………」


 マキナの手がこゆるさんの頭部に触れたかと思うと、力任せにそれをもぎ取る錯覚が過った。その刹那、彼女は踵を返すと、瀕死の体である俺を暴走状態とは思えないくらい優しく抱き上げて。



「…………有珠希ハ ⻌死てモらゥ」



 空間の罅を吸い取りながら、一息でビルよりも高く跳躍した。


 


































 あれからまっすぐマキナの家に連れ込まれ、ベッドでの休息を否応なしにさせられた。暴走状態とは言ったもののかなり理性は残っている様で、家に帰ってからずっと、彼女は俺の傍で様子を見ている。『傷病』の規定で治療されていく身体を、片時も目を離さず寄り添っていた。

「…………マキナ」

「……有珠希ッ」

 家に連れ込まれて、十時間以上、とうの昔に深夜を迎えた頃に、ようやく俺の身体は正常と言って差し支えない程度にまで回復した。

「大丈夫……なの? 何処も痛くない?」

「そういう規定……だろ。何でお前、ゆっくり治療するんだ」

「だ、だってあんまり早くやると有珠希の生命力が規定ありきになるから。自然回復を後押しする感じでやらないと……嫌がるでしょ?」

 この十時間でマキナのボルテージもすっかり冷え切ったようで何よりだ。今はそれを心の底から安堵したい。銀色の双眸が、今にしてとても愛おしい代物に思えてきた。これがほんの少し前まで怪我人がどうと騒いでいたキカイの姿だろうか。

 煽情的な肉体をぴたりと身体に沿わせて、優しく胸を撫でてくる。

「…………お前の方は、大丈夫なのか? 体内部品が俺なのに……あんな事して」

「―――全然 大丈夫じゃない。身体中が痛いわ」

 そこで言葉を区切り、彼女は頭を振って続けた。



「でも、有珠希が無事だからいいの。貴方が元気になってくれるなら、何でも良いの」

 


「…………ごめん」

「どうして、謝るの」

「……こんな事になるなら。もっと早くお前に頼っておけばって。俺の想像よりも、聞き分け良かったし」

 恐らくだが、こゆるさんの頭を引きちぎった錯覚は現実だ。ただ、『傷病』の規定を用いて無かった事にしただけ。

 俺の『殺すな』という声をちゃんと識別していたのだと勝手に思っている。そんなに融通が利くなら、最初にやり過ごした時から頼ればこうはならなかったのではと、今になって非常に後悔している。

 取引だ何だと言って、結局こいつの規格外ぶりを知っているせいで、かえって取引相手として信用しきれていないなんて。そんな馬鹿な話があってたまるか。あったからこうなったのだ。

「―――いいわ。全然気にしてない……うふふ。私の為に、頑張ってくれてたんでしょ? だから、怒ったりなんてしないわ。お蔭でまた一つ取り戻せたもの」

「波園さんは……どうなる? 規定が抜け落ちて影響とかないのか?」

「メサイアが何とかするんじゃない。私はもう、あんなのどうでもいいわ。考えたくない。貴方以外の事に意識を取られたくないの」 

「……いや、少しは考えてくれ」

「駄目。有珠希が死ぬかもって考えたら、眼が蒸発しそうなくらい熱くなったの。だから。ねえ、死んじゃ嫌よ。死んだら許さない。地獄の果てまで追いかけてやるんだから」

「……………………は」

 そりゃ、困った話だ。

 マキナに関与している限り、命の危険は尽きないというのに。

「…………マキナ」

「ん?」

「―――まだ身体は怠いから、暫く……世話になりたい」 

 マキナは白いスウェットを涙で濡らしながら、それでも嬉しそうに頷いた。

「うん―――! パートナーはいつまでも居ていいんだから!」

 


 ―――今は、何も考えたくない。



 未紗那先輩に事後処理を全て押し付ける形になったのを非常に申し訳なく思っている。デートにも行かず、厄介事だけを押し付けて。



 本当に。本当に。ごめんなさい。 

 

もうちょっとだけ続くんじゃ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マキナは感謝がある恋するキカイなので少々取り乱しただけですね(目逸らし) にしてもほんとにラブコメしてるなぁ...糖分供給助かります! [気になる点] マキナの目の色って感情とかで変わるの…
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