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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅰst cause カラクリの夜
6/213

無邪気なキカイ

「馬鹿おま……考えろ馬鹿! ポンコツ! 俺の血液取り込んだせいで錆びたんじゃねえのお!? 服なんて脱がせる……な!」

「何よ、せっかくし…………フェアにしてあげてるんだから、そこまでバカバカ言う事ないでしょ!? それともアレかしら、中途半端に脱ぐのが一番恥ずかしいって事?」

「全部脱いだら犯罪だこの野郎! 死ね!」

「死にました~どこかの誰かさんのせいで~」

「俺はやってねえよ!」

 朝っぱらからこんなバカみたいな喧嘩をしている学生が居てたまるか。制服も隠す気ゼロで暴れているのでこの痴話喧嘩が衆目に晒されるのは時間の問題だった。何とか落ち着いて場を変えようとするのだが所詮はキカイなのか、空気を読もうともしないマキナのせいで継戦せざるを得なくなり、結果的にこの場から一歩も動けていない。

「ああああああああもう! ちょっとこっち来い! 無理! これ以上囲まれたら気がおかしくなるわ!」

 マキナにしか意識がいかなくても視界の端が赤い糸で塗り潰されるなら嫌でも他人の接近に反応出来てしまう。糸に繋がれていないのは世界で俺とこいつの二人だけだ。それがどうしようもなく腹立たしいし、だから気にしてしまうのだ。マキナの一挙手一投足を。決して可愛いとか見惚れているとかではなくて。

 空を覆う糸を頼りに人気のない場所を探り当てる。こんな事で有効活用したくなかった。糸は少しの余地もなく不便極まりない障害物であって欲しかった。これじゃ糸の見える目に存在してもいい理由が生まれてしまう。糸を否定する自分がそれこそ本物の馬鹿みたいに。

「はぁ……はぁ…………はあ。ここなら、まあいいか」

「また路地裏? 有珠希も好きね」

「やだよこんな湿っぽい場所。お前があんまりにも騒ぐから人が集まって―――もとはと言えばお前が悪いんだからな?」

「何よ、そんな言い方ってないじゃない! 騒いだのは有珠希も一緒だし、私はただ…………」

 マキナは不満そうに口を結んでそっぽを向いてしまった。てっきりまだ反論してくると思っていたばかりに、肩の力が抜けてしまう。

「…………わ、悪かったよ」

 むーと唸るキカイ。

「…………だ、大体だな。そんなに証明したいならお前が服を脱げばいい。キカイなんだろ? だったらそれっぽいパーツ見せてくれれば終わりだ」

 見た所ネジはないので、キカイと言っても俺達人間が及びもしない代物なのだろう。しかし体温はあるし肌はすべすべだしで俺の知るキカイとは全く違う。ここは一つ衣類に隠された真の姿というものを見せてくれれば話はそこで終わり。痴話喧嘩をする意味なんて何にもなかった。

 そう思ってお返しのように服の裾を引っ張ろうとすると、マキナは腕を服の上で交差させながらバッと飛び退いた。顔に赤みがかかっており、瞳が怒りに震えている。

「キカイの部品は人間には見えないって言ったでしょ! 服の下なんか見たって何もないわよ、エッチ!」

「な―――!」

 心外だ。確かに飛び退いた瞬間に揺れた胸は見てしまったが、それだけで人を変態呼ばわりとはこのキカイ、中々どうして気が早い。直ぐにでも言い返さないと事実として認めたという受け取り方をされかねないが、それよりも今の発言に突っ込む方が重要だ。自分の名誉よりも、それがききたかった。

「待て。やっぱりキカイの部品は人間には見えないって言ったな?」

「……? ええ、言ったわよ。見えてないから食い違ったんでしょ? どこかの誰かさんにバラバラにされたせいで、ほーんと大変な事になっちゃった」

「だから俺のせいじゃねえよ」

「知ってるわ。私も貴方も知らないから何処かの誰かさんのせい。でしょ?」

 発言は正しいのに納得出来ない。文章の構成の問題なのは分かっているが、どう考えても俺のせいだと言っているような。

「まあいいや。キカイの部品が見えないなら、俺に手伝える事は何もないぞ。糸が見える以外は特に長所のない奴なもんで」

「その糸が大切なのよ。貴方はそれについて何も知らないみたいだから、探すついでに教えてあげるわ。それとやっぱりその服は綺麗にさせてくれる?」

「執着するなあお前も。俺が気にしてないんだから放っておけよ。部品探しと何の関係があるんだ」



「囲まれると気がおかしくなるん、でしょ?」



 自爆に気付いた時にはもう遅い。とっくの昔に登校時間は過ぎて、これ以上制服でうろつくのは端から僕を見てくださいと言っているような物だ。汚れているなら猶更で、この町の住人は善人ばかりだから最悪通報されて補導されて、家に戻されるか生徒指導を受けるか。何にせよまた囲まれる事態は必至。

 目の前ではマキナが勝利宣言も斯くやという笑顔を浮かべて、手を差し出していた。























 服の洗浄は一分と立たずに終了した。マキナが服を畳んで開いた途端に汚れが落ちており、彼女は鼻を高くしていたがそれはキカイの証明というよりマジシャンの証明か何かだ。飽くまで取引なのでお礼は言わない。言ってしまえばそれで最期だ。

 勿論、綺麗になったとしても制服は制服。人目につき過ぎれば余計なお世話を焼かれるのは自明の理だ。彼女にもお願いして、人気の少ない場所を歩く事になった。

「そうね。じゃあ改めて確認させてほしいんだけど、貴方はその糸についてどれくらい知ってる?」

「……全く知らないな。知ってたらもう少しまともで居られるかもしれない」

 或いは。


 目を背けると決めた時から、全てを忘れたか。


 知っていて、知らないふりをして、そのまま知らなくなってしまったのか。

「貴方が糸として捉えてるのはね、運命と呼ばれる因果の流れよ」

「……運命の赤い糸ってのはあながち間違いじゃなかった訳だな。いや、いつも人の恋愛見てたのがこんな所で役立つなんてな」

「ん? 紅線とは違うわよ? それに見えてたからってこっちから弄れる訳じゃない。私もおかしいなって思ってたけど、糸に見えてるのは貴方だけ。昨夜、私が貴方に糸を繋いだって話は覚えてる?」

「あれのせいで取り乱したよ」

「それは知らないけど、貴方を家に帰せたのはその因果を利用したから。因果ってのはどういう説明をすればいいか……生きてから死ぬまでの行動表だと思ってくれればいいかしら。貴方は私と出会わなかったらそのまま家に帰ったでしょ。私はその因果をキカイ的に実行して帰したって訳」

「俺の前に現れる事が出来たのは?」

「私にはその糸が匂いとして分かるから。それを辿った感じ。質問はあるかしら」

 あるに決まっている。幾ら質問したって足りない程だが、順を追って質問していこう。こいつだって全知全能じゃないから謎のポカをやらかしたのだ。ポカ……というか、不意打ちだが。

「匂いってどんな感じだ?」

「匂いは匂いよ。説明が難しいから省かせてほしいわね。便利な機能でもないのよ、相手が信用していいか駄目かってのが分かるくらいだし」

「嘘発見器みたいだな……まあキカイだしいいのか。次、何で俺にもそれが見える? 生まれつきでもないし、お前みたいなキカイでもないんだぞ俺」

 心臓にキカイが混入してしまったのが原因なら、今まではまともに過ごせていた訳で。記憶があやふやだが十年前には確実に今の景色を知っていた。果たしてその時期にきっかけとなる出来事があったかと言われたら心当たりがない。ケガの一つや二つくらい誰だってするだろうが、まさかその辺の道路で転んだのが原因とでも言うのか。

「それが分からないのよ。そういうのってキカイにしか見えない筈だし。でも有珠希はキカイじゃない。私はもう、貴方が特別だって割り切ったわよ」

「次。この糸、切ったり結んだりできないのか?」

「有珠希が今まで出来なかったんなら、無理じゃない?」

 そんな人任せな、しかし何よりも説得力のある説明に俺は黙り込むしかなかった。本当にその通りだ。俺だってこの異常を最初から受け入れていた訳じゃない。自分でも思い出せないだけで、色々と努力していただろう。その結果がどうなったのかは今の俺を見れば言うまでもない。

「さっきも言ったけど、糸は因果の流れだからね? それを人間が簡単にどうのこうの出来たら世界がめっちゃくちゃになっちゃう。貴方一人でどうにか出来るなら私も月を見せる約束が果たせなくなるし……」

 ここまでの情報を纏めるなら、こうだ。


 糸は因果の流れで干渉は出来ない。

 マキナには匂いとして表れている。

 本来、これはキカイじゃないと認識出来ない。


 総括。糸についてはよく分からない。正体が分かったので無駄な時間とは思わない。マキナが居てくれて助…………感謝だ。分からない存在に分からない質問をぶつけても互いに苛立つだけだと思うので、そろそろ本題をぶつけよう。

「その糸が、どうやって部品に関わるんだ?」

「因果って言ったでしょ? 失くした部品と私は本来一心同体なの。貴方の力が何処まで糸を認識させるのかは分からないけど、部品が近づけば私から伸びる糸がある筈よ。部品は見えないから、貴方からすれば何もない所に糸が伸びてる様に見える……と思う」

 気になる事はあるが、得心がいった。それなら俺に頼るのも分かる。キカイにしか見えない物体を、二次的に認識出来る俺が、しかも嗅覚ではなく視覚で判別出来る俺が居れば効率は単純に二倍だ。

「……有珠希。さっきから貴方の腰あたりで音が鳴ってるけど、それは新しい人間の機能?」

「生物はキカイみたいに簡単に調節出来ねえよ。携帯だな。どうせ親だから気にするな」

 煩いので電源を切った。馬鹿正直にサボると言ったせいで家庭にも連絡が行ったのだと思われる。余計な真似をしてくれたと思う反面、非行に走ったのは事実なので悪口は言えない。この世にいるのは善人ばかり、正しいのは常にそちら側で、間違っているのは常にこっち。

「最後の質問。いいか。つってもたった今気づいたんだけど」

「なになに?」





「お前の部品、人間が身体に入れたらどうなるんだ?」


  




 銀色の瞳が、満月のように見開かれる。

「…………え?」

「人間には見えないってお前言ったよな。でもさ、俺みたいに特別な人間が居たら分かっちゃうんじゃないのか」

 そして人間にも部品が使えるのは、心臓代わりに取り付けられた機械が証明している。俺には異変なんてないが、他の部品も全て無害と結論付けるのは早計だ。それこそ俺が特別だから無害なのかもしれないし。

 暫しの硬直。マキナは、


 口をすぼめながら人差し指を頬に当て。

 顰め面で口をもごもごと揺らし、

 くるくると髪の先っぽを弄りながら伏し目になって。 

 

 三行程の末に、大きく頷いた。





「そのパターンは。ぜんっぜん考えてなかったわ!」





 …………そう、ドヤ顔で言われても。

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