表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅲrd cause 飽和したカイラク

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/213

女難の相

「兄さん? みそ汁はお口に合いますか? お母さんと味付けや具材は変えてあるのだけれど」

「……いや、美味しいけど。んーと。何だろうな。やっぱり違和感が否めないな。この状況が」

 

 何故俺は自分の部屋の机で、妹と二人きりの朝食を食べているのか。


 前触れのない行動に応じるような男ではないと自分でも思っているから、状況自体は理解しているし応じたからこうなっているが、それにしても今までリビングで食べていた経験は覆せない。可愛い方の妹こと牧寧は耳に掛かった髪を掻き上げつつ困ったように口をすぼめた。

「ここ二週間だって兄さん碌に朝食を食べていないじゃありませんか。私、兄さんの行動に口を挟む気はありませんでしたけど、それはあんまりです。それで、原因が家族との喧嘩でしょう?」

 『傷病の規定』の影響が取り除かれたが、そこには俺に対する感謝などない。恩着せがましいのは嫌いだとも言ったが、わざわざ見せびらかす程の事ではないと思ったのだ。そこまで幼い子供になった覚えはないし、褒めてもらいたいと思えるくらい両親が好きな訳でもない。何事もなかったならそれで良いと、数日ばかりの家出について怒られる道を選んだ。

「ですから、兄さんに朝食を食べてもらうにはこうするしかないと思いました。私の作戦は成功ですね」

「うん。まあそうだけど。結局お前は同伴してるよな」

「…………やっぱり、嫌いですか? 私も」

 泣きそうな表情で妹が箸を置いた。言い方が非常に不味かったと思う。ちょっとした冗談のつもりが全く通じなかった。伊達に半年も会話しなかっただけはある。いや本当に、弱虫の妹からどうして強気な那由香が生まれたのか。

「いや…………あのな。嫌いな奴と一緒に寝たりしないから俺。うん、言い方が悪かったよごめん」

「―――本当に?」

「嘘を吐いてるんだったら理由つけて朝食すっぽかすだろ。違和感があるだけで嫌な訳じゃないんだ。実際、朝食を食べるだけならお前と二人きりの方がいいよ」

「…………そうですか。そう言ってくれるなら嬉しいです。ふふふ」

 理由は分からないが、どうやら俺は妹に甘いらしい。溺愛しているという訳ではないが、弱い。赤い糸に繋がれた善人は基本的に嫌いなのに。何故だろう。この力に何か秘密でもあるのか、単純に血縁として嫌いには……いやあ、それだと両親が嫌いな理由について説明がつかなくなる。

「で、まあ俺はいいんだけど。お前はどうなんだ? 俺と違って家族の事が嫌いって訳じゃないだろ。そしたらやっぱ賑やかな方がいいんじゃないか。俺の心配はしなくても良い。朝食抜きは辛いが、何とかするさ」

「勝手に決めないで下さい。家族との団欒はいつでもできますが兄さんは毎日の行動も不安定なんです。最近はきちんとしたサイクルを組んでいるようですが、それでも夕食はそそくさと帰るでしょう。それに文句は言いません。兄さんが強制を好まないのは知っていますから。だからこそ私は、兄さんとの時間を大切にしたいと思っているんです」

 そう言ってもらえると、凄く申し訳ない気持ちになる。家族とは気の置けない仲であるべきだ。何故ここまで慎重な思いをしなくてはいけないのだろう。俺はともかく牧寧に申し訳が立たない。何度でも言わせてもらうが、今の所おかしいのは俺の方で、彼女には何の罪もない。

「兄さんさえ良ければ、これから食事も洗濯も全て私が担当します」

「いやそこまでしなくても…………いいよ。専業主婦じゃあるまいし。まだ中学生だろお前。これくらいでもやりすぎなくらいだ。気持ちだけ受け取っておくよ―――でも、あれだな。成長したな。昔は気を遣うなんて概念も知らなそうだったのに」

「もう! 一体何年前の話をしているんですかッ」

 

 とある部分は一切成長してないけど。


 まあ、言うのはやめておこうか。これ以上おちょくると泣き出す可能性がある。

「今日はハロウィンですけど、兄さんは参加しますか?」

「参加? ハロウィンって今となっちゃそういうイベントでもないだろ。クリスマスと一緒で期間みたいなもんじゃないか」

「ですから、トリックオアトリートと近所を回るのかと聞いているんです」

「回らねえよ。見ず知らずの家に菓子たかりに行く高校生が何処に居るんだ。あーでも帰りは遅くなるかもな。分からないけど」

「…………ご友人が、いらっしゃるのですか?」

「俺じゃなかったら酷い言い草だ。まあ友人って程でもない……友人って事にしておくか。そうそう、そいつと遊ぶかもしれない。それくらいだな」

 妹の料理は大変美味しくいただけた。やはり食事においてストレスがないのは非常に重要だ。味がどうとか見た目がどうとかそういう不評は浅い。あまりにも自分が幸福である事に気が付いていない。真のストレスとは盤外から訪れるものであり、どんな高級料理を食べても家族が傍に居る限り味覚は死ぬ。そういう規定。

「…………兄さん。トリックオアトリート」

「………………へ? え? いや、お菓子ないけど」

「そうですか。それでは悪戯させてもらいますね」

 

 ええええええええええ!


 慌てて逃げようとするも、扉の側に牧寧を置いたのが運の尽きだった。出口なんて何処にもない。妹はいつになく意地の悪い笑顔を浮かべて、俺に飛びついて来た。

「お覚悟を、兄さん? 兄妹水入らずの時間を心行くまで楽しみましょうね?」























「………………行ってきます」

 早朝からげんなりとした表情を浮かべる男がいるらしい。全ての原因は妹にある。まさか遅刻ギリギリの時間になるまで全身を擽られるとは思わなかった。直ぐに済むだろうと高を括った俺も悪い。白い糸を切れば直ぐにでも止められただろうに、そのタイミングを逃したせいで笑い疲れた。

「おはよう、式宮有珠希君。何だか疲れているみたいだけど、大丈夫かい?」

 


 だからカガラさんが家の前で待ち伏せをしていても、大したリアクションを取れない。



「ああ……多分大丈夫です」

「おや、反応の悪い。一神通以降は何事もなかったとは聞いてたけど。またキカイとつるんでいたのかな?」

 早朝に見るゴシック色の服は色々な意味で浮いている。朝という明るい属性の時間帯に相反する色の割合が多いからだろう。俺の視界は時間帯に拘らず赤と青と白が蔓延っているので気に……なる。現実的じゃない色の割合が増えるといよいよ手遅れになったのかと錯覚する。本当にやめてほしい。

 この人に対する親近感は今の所妹と同じ貧……平らな胸という部分にしかない。

 構っている暇がないので学校に向かって歩き出すと、カガラさんはしっかりとついてきた。また随分と目立つストーカーだ。

「―――未紗那先輩と違って、学生じゃないでしょカガラさん。何で俺を待ってたんですか?」

「紗那から言われてないんだっけ。君は最重要保護対象だ。何故守られる必要があるかは説明不要だろう。流石にそろそろ、己の力の強大さには気が付いてほしいね」

「迷惑なだけですけどね」

「後はそれとは別に個人的な用事があったから紗那に従ったというのもある。それはまたいずれ。話を戻すけど、聞いた話じゃ感情が生まれてるそうじゃないか、キカイに。保護は公認じゃないにせよ、認められるのも時間の問題だ。それは非常に不味いから」

 足を止めたかったが、遅刻をしてしまう。強い意思で歩みを止めず俺は背中に向かって声をかけた。

「……? ちょっと待って下さい。やっぱり意味が分からない。マキナは元々あんな感じじゃないんですか?」

「キカイだよ? どんな事情があるにせよ人間らしい振る舞いはない筈なんだ。どういう目的で顕現したのかは分からないけれど、どんな理由にしても人間らしさなんて必要ない。紗那も行っていたように、そういうのは期待するだけ無駄だったんだ。意味が無いからね」

「意味がない?」

「探し物するだけで、部品は普通の手段じゃ視えないんだ。会話する必要性が何処にある? 異常な心理を抱えた人間ではなく、ガワが人間っぽいだけなんだ。だから良くも悪くも、変な行動はしない。人間と言えば紗那はちょっと筋金入りの憎しみを持ってるけど、あれは特殊な事例ね」

「まあ……いや、組織について何も知らないので何とも言えないですけど。感情を持つ事の何が悪いのか俺にはさっぱり分かりません。感情がないならそれこそ問答無用でしょうけど、人間的になってくれるなら対話の余地がある。和解出来ませんか?」

 実際、対話の余地があったから俺達は取引をしたし、病院でも約束を交わした。キカイっぽくないのはあながち間違いではなかったようだが、それにしてもマキナは聞き分けも良いし柔軟性もある。少なくとも俺は今のマキナの方が好きだ。だから出来れば……未紗那先輩と仲良くとは言わずとも、積極的に手は出さないくらいの和解はしてほしい。


 学校が見えてきた。


 相変わらずの糸だらけで、吐き気がする。

「……何も分かってないね。キカイに感情が生まれたらその行動は予測出来なくなる。紗那の説明を元に例をあげよう。極端な話だ。キカイから部品を奪って取り戻しに来いと言ったら、キカイは取り戻さなきゃいけないから基本的にやってくる。たとえそれが罠でもね。しかし感情が生まれてしまえばどうなるか……待ち伏せを逆手にとって無差別に暴れ回るかもしれない。行動指針が曖昧になるから不味いんだよ。何故感情が生まれたかは分からないがね。紗那も私も君が関係していると睨んでいる」

 校門から少し離れた所で、カガラさんの足が止まった。

「そういう訳で、君の行動は監視させてもらっている。ここからは紗那の領分だ。行ってらっしゃい」

「…………行ってきます」

 組織としての方針か。それに従っている事を責めるつもりはないが、ただでさえ周囲が糸だらけで窮屈なのに、精神的にも余裕がなくなってきた。家の中でしか俺は自由に過ごせないのだろうか。ここまで来て初めて背後を振り返ると、カガラさんはアンニュイな表情で手を振って来た。


 ―――未紗那先輩にクレーム入れたら改善するかな。


 あの言い方から察するに、今日は学校に来ている筈だ。HRを無視してでも一言申しに行くべきか。三階を見上げるとどうしても視界に入ってしまう屋上。そこに見慣れた人影が立っていた。

 ぴょんぴょん跳ねて、手を振っている。







 マキナが。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 噂をすれば [一言] シスコンの気がましている
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ