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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅱnd cause カラクレナイの女

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病み上がりの天使

 カガラさんに言われた通り、天井を仰ぐように目を瞑った。改めて言われると凄く恥ずかしいが、五分前まで俺の寝顔をじっと観察していたらしい。曰くその寝姿は『何かに絡まったみたい』で、実際に身体で表してもらったら悪夢に魘されているかのようだった。よくこんな寝相を晒しておいて寝覚めが良いと思う……良いらしいってそういう意味か。

 寝たふりの為にわざわざ自分を真似するのは実に馬鹿馬鹿しいものの、そうじゃないとバレると断言されては仕方がない。先程までのやり取りをオフレコにしてくれるなら多少の負担は覚悟しなければ。


「ただいま。式宮君は起きましたか?」

「まだ眠ってるよ。気になるなら様子でも見る?」

「いえ、起こしてしまうのは申し訳ないので……キカイに振り回され、規定者にも狙われ、随分疲れてるように見えましたし」

「不幸の星の下に生まれたみたいだね。本人がどう思ってるかは知らないけれど」

「無理もないと思います。私達の事情を直ぐに理解してくれる一般人なんて居ませんから」


 先輩にとって俺は巻き込まれた一般人という認識にシフトしたようだ。俺が眠っているという前提でも敵意がない。カガラさんの事も信用しているようで、俺が狸寝入りしている可能性について疑いもしなかった。

 ここまで優しい人だとこういう狡い真似をするのに気が引けるので、もっと外道であって欲しかった。それなら俺も心置きなく盗み聞きを続けられたのに、どうやってもこの心には罪悪感という名前の刃が返される。


「それで、どうだったの。様子は」

「…………それは本人が起きてから話すべき事ですね。私達の間で打ち明けても仕方ありません。キカイの捜索という方でしたらさっぱり。雨で痕跡が流されたんでしょうかね。他からも報告はありません」

「それなら良い方法がある。彼を釣り餌にすればいいんだ。私はそのキカイと直接会った訳じゃないが、キカイが人間と行動を共にしているケースは初めてなんだろう? 昨日の話を聞いてた感じだと、彼はそこまで悪い感情を持っていない。あっちだって同じ気持ちだと思うがね」

「キカイに感情なんてありませんよ」

「……語弊があったね。事情はどうあれキカイにも執着する理由があるんじゃないかって言いたいんだよ。じゃなきゃ隣に居させる意味がない」

 

 鋭い考察に、俺は堪らず唾を呑み込んだ。殆ど正解だ。マキナが俺と行動を共にしているのはもとより俺が彼女を大破させてしまったから―――そういう事情を抜いても、この因果を視る力が部品を集める上で効率的だからだ。それ以外の理由は本当に無い。部品を集めきってしまえば、キカイがどうとか関係なしにアイツともまた他人に戻る。


「……心当たりがありそうな顔だね」

「無い事もない程度です。しかしそういう作戦は感心しませんね。式宮君は只の一般人です。それをわざわざ命の危険に晒すなんて」

「命の危険? どんな? 理由が残っている限り彼は生かされる筈だが」

「私達が関与してると分かれば殺しますよ。そうと分かり切っているのにわざわざ利用するのは最早慈善組織でも何でもありません」


 カガラさんの発言はオフレコを守りたいがための演技なのか素面なのか。聞いてるだけでも冷や汗が止まらないような発言ばかりしており、安心感が全くない。人を釣り餌とか言うな。否、俺を焦らせている理由の何割かは先輩も悪い。反論する為とはいえ殺されるだの命の危険だのと。

 

「ともかく、I₋nアイン。私が居ないからと言って貴方の提案を実行する事はやめてください」

「随分彼に肩入れするんだね。惚れたかい?」

「惚れた惚れないの二極化もそれはそれで問題ですよ。建前でも何でも一般人を巻き込めば得られる協力もなくなるって言ってるんです。もう、嫌ですよ。ニ十か国くらい虱潰しに歩くの」

「私は楽しかったけどね」

「話になりません。こんな所に何をしに来たかもはっきりしてないのに変な事をして逃がす気ですか?」


 何やら二人の間に険悪な雰囲気を感じてきた。壁を隔てていてもハッキリとわかる威圧感。何故俺よりも敵意を抱かれているのだろう。カガラさんは人づきあいが苦手なのだろうか。いつ起きるべきかのタイミングは指示されていない。このまま本当に二度寝した所で誰も怒らないだろうが、丁度いい切っ掛けが転がっている。

 わざとらしく布団を大きくめくり、たった今目覚めたような半開きの眼を携えてリビングへ。



「おはよう……ございます」



「式宮君ッ。お目覚めですか?」

 これが猫を被るという事なのか、いつもの先輩に戻っていた。直前の苛立った声は気のせいだったのかもしれない。掌を突き合わせて柔らかい笑みを浮かべる先輩が真実であってくれないと、人間の二面性を露骨に知ってしまったみたいで、何だか。

「…………先輩がなんか、色々喋ってる声が聞こえたもんで。まあ」

「あ、起こしちゃいました!? すみません、仕事の話をしていて少し温まっていたみたいです……反省反省。疲れが取れないようでしたらもう一度寝ても構いませんからッ」

「いや、いいですよ。気持ちいいベッドだったんで疲れは取れました。先輩がベッドに居なかったのに驚いて眠気もなくなりましたし。何処に行ってたんですか?」

「おや……まだ寝ぼけているみたいですね。いえ、こちらのせいなので責めはしませんが。君の家の様子を見に行っていました。気になると言っていたではありませんか」

 言っていたし、覚えている。ただ寝起きの演技はこれくらいボケていないと怪しまれるかもと考えたのだ。実際はどうだったかというと未紗那先輩の視線が俺に継続される時間は三十秒も無かった。余程負い目を感じているのか、疑いもしない。

「特に問題は無かったと思いますよ。強制して君以外の家族とも顔を会わせましたが誰かが攫われたという事もありませんでした。何もされなかったというのもおかしな話ですが、実害はまだ出ていないのでは?」

「―――何でそんな事が言いきれるんですか? 相手は規定者なんでしょ? 見た目は変わらなくても何かされたかもしれない」

「警察が被害が起きてからでないと基本的には動けないように、私達も規定による被害が観測されない限りどうとも言えないんですよ」

 言いつつ先輩はソファーの空きスペースを俺に譲る。反対する理由は無かったと思われたが、座ってから女性二人に囲まれた現実に気が付いた。二人はそれぞれの手で俺の両膝を抑え込んでそれとなく選択肢を潰している。


 寝起きだからって、これはない。


 素面で警戒心が薄すぎる。

「……じゃあ何で、規定者って最初から言い切ってるんですか?」

「実害が出てるからです。言ったでしょう、入院者や通院者が消えていると。しかし君の家族は誰一人欠けていません。これを実害なしと言わずして何と言いましょうか」

「初めまして、式宮有珠希君。篝空逢南だ。私の見立てによると規定者は君個人を狙っているんじゃないかと思うんだ。それもかなり特別な狙い方をしていると考えられる。何せ君をおびき出したいなら家族をダシにして誘い出せばいいだけなのに、それをしないんだから。心当たりはあるかい?」

 

 ―――この人達は何を言ってるんだ?


 未紗那先輩も突っ込まない。俺だけが会話で浮いている? 怪訝な顔で左右の女性を見回していると、特に未紗那先輩が困惑するように眉を顰めた。

「……何に困ってるんですか?」

「―――いや、分からないんですけど。実害がない前提で色々話されても実害がある可能性をまず否定しきれてないのに。だって相手は『傷病の規定』ですよ? 一度負傷させた事実があれば後はどうとでも」

「…………それ、本当ですか?」

「本当も何もそれが明らかだから先輩だって最初に俺を助けてくれた時に躊躇なく攻撃したんでしょ!?」

「いえ、規定者は大抵の場合は通常の手段で殺害出来ないからなんですけど……」

 


 え?



 思い返してみると、『傷病の規定』と言い出したのはマキナだ。未紗那先輩は一般人を装うにはあまりにも迂闊な発言しかしてこなかったが、それでも規定者止まり。何の規定かまでは言っていないし、この口ぶりでは特定も出来ないらしい。

 何故俺は、この有難い勘違いを解消してしまったのか。語るに落ちるとは正にこの事だ。カガラさんは肩をすくめながら俺を見つめていた。

「それ、あのキカイから聞いたんですね?」

「え? ええ、まあ、その、いや、はい。まあ、あの。うん……ええ」

 俺を挟んで二人は顔を見合わせた。

「―――発言を撤回します。君が起きてくれて助かりました。学校に休みの連絡を入れたのは正解でしたね」

「何処に行くんだい?」




「彼の自宅です。君も勿論付いてきてください。私か篝空さんの傍を離れないよう……ああいや、約束通り私の傍から離れないで下さい。この人、とっても危ないので」

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